第六話 相手

 夜会の会場は、天井からアリエスの瞳の色を使った薄い布が幾重にもふんわりと垂らされており、シャンデリアの光を浴びてまるで水中にいるかのような涼やかな演出がされていた。

時期は夏ということもあって、会場内どころか庭に至るまで冷房の魔道具がハルルエスタート王国の財力を誇示するかのように置かれているのだが、それらはミストとブラッディ・ライアンの協力のもと、王家お抱えの錬金術師たちが作った物も含まれている。


 今回も王妃付きの侍女ベルナルダがアリエスについてくれており、彼女の後ろに控えているのだが、ジョルジュにはロッシュがついているため側近はいない。

彼の胸元にあるジャボと呼ばれるフリフリの後ろには、精霊のシラタマが隠れているので護衛はバッチリなのだ。


 辺りを見回したアリエスは、「結構、涼しいな」と、少し驚いた様子であった。


 「ミスト親子の協力のもと、冷房の魔道具を設置したとのことです」

「へぇー、そうなんだ。気をつけてやらねぇと、ミストにいらんのが寄って来そうだな」

「それに関してはライアンが対処していますので、大丈夫でしょう」

「あいつ、見た目は万年幼児のままだけど、中身がやべぇよな。まあ、ミストのことを一番に考えてるのはライアンだからな。任せておけばいいか」


 名前を呼ばれて会場入りする際にアリエスは、「ジョルジュのフルネームて、こんなだっけ?」とつぶやき、そこでジョルジュは「たぶんー?」と、抜けた返事をしていたことに、ベルナルダは顔を引きつらせないように苦心していた。

ついさっきウェルリアムがコンスタンサに向けてフルネームで紹介していたので聞いていたはずなのだが、どうやら覚えていないようである。


 アリエスがまるで氷の女王のようにゆったりと会場に入ると、三男以降の独身男たちのギラついた目は、一瞬にして凍った。

前回のデビュタントの際に遠目に見かけたときは、ただの無邪気な感じの女性であったため、上手くすれば第二夫、第三夫になれるのではと考えていたのだが、そんな甘い話はなかった。


 目玉が飛び出るような豪華な装いだけでなく、髪に前回はなかった黒色のメッシュが入っていることと、王位継承者特有の威圧感が加わっていることを知って、簡単に手が出せる相手ではなくなったことを知ったのだ。

壇上から卑下するようにして招待客を見下ろすアリーたんだが、彼女のことをよく知っている者たちは、「あ、もう既に面倒臭いって顔してる」と気付いていた。


 アリエスの功績が読み上げられ、守護神から加護を賜わったこと、ジョルジュの紹介と出会った経緯などが説明され、二人が婚約したことを宣言した。文官が。アリーたんは、会場に入ってから一言も喋っていない。


 ファーストダンスを国王と王妃が踊り、その後に続いてアリエスとジョルジュが踊ったのだが、普通に踊れていた。


 というのも、目が見えず足に障害の残ったジョルジュを少しでも楽しませたいと、側仕えのクロヴィスがダンスを教えていたのだ。

ゆっくりとした動きのスローテンポの曲であれば一曲のうちの半分くらいは踊れていたため、基礎は出来ており、治療が施されてからはロッシュにビシバシと扱かれていたので、かなり上達していた。


 目をキラキラとさせているジョルジュにアリエスは、「楽しいか?」と尋ねると、嬉しそうに「すごく楽しい!」と答えた。


 「ふふ、ジョルジュが踊れたとはビックリだな」

「えへへ。クロヴィスがいたからだよ。でも、ここまで踊れるようになったのは、ロッシュさんのおかげだけどね」

「さすが、ロッシュだな。相手は誰がしてくれたんだ?」

「クロヴィスだよー。小さい頃からクロヴィスがダンスをしてくれたんだ。目が見えなくても耳は聞こえるからね。曲に合わせて踊るのが楽しかったんだー」

「そっか。クロヴィスは、いい側近だな」

「うん!」


 クロヴィスが共に踊ってくれていた、つまり、クロヴィスが女性パートを踊っていたので、彼は男性パートをほとんど踊れなかったりするのだが、坊ちゃんジョルジュのためならどうということは無いのだ。


 仲睦まじく踊るアリエスとジョルジュに、互いを思い合う心が見て取れたため周囲は、アリエスへ第二夫を勧めるのはしばらくは控えた方が良いだろうと判断したのだった。

まあ、いつまで待とうがアリエスが他に夫を迎えるつもりはないだろうから、無駄なことだとは思うが。


 踊り終えたアリエスとジョルジュは、王族専用スペースにて軽食をつまみつつお酒を飲んでいたのだが、ジョルジュが酔う気配は全くない。

ザルというより、枠である。つまり、どれだけお酒を飲もうとも一切酔わないのだ。


 「あれ?ジョルジュって、酔わなかったっけ?」

「んー、何か、酔わなくなってきたんだよね。ここ最近は、どれだけ飲んでもケロっとしてるんだけど、お腹がちゃぷちゃぷになるから、どこまで飲めば酔うのか分かんないんだよね」

「いや、もうそれ、完全に酔わねぇだろ」


 酔わなくとも酒の味は分かるので、「美味しいねー」と顔を綻ばせているジョルジュに、まあいいかとなったアリエスであった。


 そこへダンスを終えたウェルリアムが合流したのだが、彼の婚約者である第四王女アウレーリアは、まだ成人前のためこの夜会には参加出来ない。

そのため、後日、改めて婚約発表の茶会が開かれることになっており、この夜会では終盤頃に軽く公表される程度になっている。


 そんな彼の装いは、アウレーリアの色を使った黒地に赤の刺繍が施された軍服スタイルであった。

それを見たアリエスが、「文官が軍服ってアリありなのか?」と首を傾げた。


 「まあ、教育向上推進部門室長なので文官ではありますが、陛下の側近でもありますからね。こちらにいている儀礼用の剣は陛下から賜わったものですよ?」

「文武両官?」

「どこから出てきたんですか、そんな言葉……。文武両道でしょう?ちょっと、ロッシュさん?」

「ほっほっ、新たな言葉の誕生にございますね」


 あ、聞く相手を間違えたと思ったウェルリアムであった。

 





 

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