第三話 準備ができるまで

 ご注文の品である第三王女フェリシアナを描いた絵を貰ってホクホク顔のアリエスは、ジョルジュと共に夕食を取った。

ジョルジュの側仕えであるクロヴィスは、普段ならば優秀な側近なのだが、宮廷作法までは習得しておらず、ロッシュから許可が下りなかったためここにはいない。


 知っている人がアリエスとロッシュだけでは寂しいだろうと、ウェルリアムは一緒に夕食を取るつもりでいたのだが、アリエスから「ベアトリクスたちを部屋に入れる許可を貰ってるから、リムは婚約者のところへ行って来い」と言われて、そちらへ行っている。

就寝時もベアトリクスたちをジョルジュの部屋に入れるつもりでいるところを見るに、やはりペット枠なのだろうかと思ったウェルリアムであった。


 翌朝、目を半開きにして眠そうなままのアリエスは、女官たちに風呂へと放り込まれて優しく洗われ、全身を思いっきりマッサージされ、髪をくしで念入りにいている間に爪を磨かれた後、軽く朝食を取った。


 その同時刻、ジョルジュも同じことをされていたが、こちらは女官が一人と侍従、メイドがついている。

というのも、ジョルジュはエントーマ王国王弟という立場を手に入れはしたが、母親は側室になったりなどしておらず、出自が庶子のままなため、アリエスと比べて扱いに差が出てしまうのだ。


 差が出ているといっても完璧に仕事をこなすベテランたちがついているため、蔑ろにされているわけではないし、そばにはロッシュが控えてくれている。

いくらロッシュがアリエスの執事で祖父と呼ばれていても、裸の彼女のそばに控えていることは出来ないからというのもあった。


 ジョルジュは髪はフサフサだが体毛やひげは薄く、女官たちが立てていた予定よりも早く下準備が終わった。

体毛が濃い人はひげと手の指や甲に生えている毛を念入りに除毛されるため、人によってはとても時間がかかるのだ。


 軽く散髪して整えるだけで済んだジョルジュは、ゆっくりと朝食を取ってから茶番の台本をしっかり読み込んでいた。

婚約発表がある日に何をやっているのかとクロヴィスがいれば頭を抱えただろうが、ここにいるのはロッシュだけである。


 「ねぇー、ロッシュさん」

「はい、何でしょうか」

「ターゲットさんを悔しがらせるためには、僕は王様のように振る舞えばいいってこと?」

「そうですね。その認識で良いと思いますよ」

「むぅ。ピンと来ない……。王様って、どんな人なんだろう?」


 難しそうな顔をしてしきりに首をひねるジョルジュだが、どう見ても愛らしさしかない。


 コンスタンサをギャフンと言わせるためには、ジョルジュが王位に近いと思わせる必要がある。

そのためには、ジョルジュに威厳らしきものを持ってもらわなければならないのだが、無理そうだと判断したロッシュは路線変更を提案することにした。


 「ジョルジュ殿。小悪魔系でいきましょう」

「うん?こあ……クマ系?」

「はい、小悪魔系です。アリエスアリー様のお履きになられる靴には、それなりの高さのヒールがございます。そうなりますと、ジョルジュ殿よりも背が高くなりますし、アリエスアリー様には守護神様の加護による覇気もございます。付け焼き刃の威厳らしきものでは無理があるので、支えるよりも支えられる方向でやりましょう」

「んー、うん?『アリエスさんがいれば、僕は王になれるんだよ?ふふっ』みたいな感じ?」

「お上手です。それでいきましょう」


 コンスタンサが王妃に固執していたのは、王になれないのならば王妃になる、といった思考をしていたためである。

それを国王と王太子は気付いており、ロッシュも国王からそれを聞かされていたため、ジョルジュが王位に近い存在というよりは、アリエスと結婚することでエントーマ王国の王位につくことが出来ると思わせた方がダメージが大きいと判断したのだ。

 

 ロッシュ指導のもと、ジョルジュは話し方や仕草などを練習し、夕方になる少し前に着替えを終わらせ、その少し後にやっとアリエスが合流できた。


 アリエスの装いは、金色の生地の上から幾重にも氷絹が重ねられ、前回のドレスよりも大人っぽい印象を与える。

頭上には少し鋭さのあるデザインで作られたティアラが載せられており、最高品質のダイヤモンドネックレス、イヤリング、ペアの指輪と、見るものを圧倒する上に、守護神からの加護による威圧感が乗っかり、まるで氷の女王のようであった。


 ジョルジュの衣装は、アリエスの瞳の色である薄い青色を基調に、彼女のアッシュ系プラチナブロンドの髪と同じ色を使った刺繍が施されている。

本来ならば、妻は夫の色をまとうのが主流なのだが、ジョルジュがアリエスに婿入りするため、彼女の色を使っているのだ。


 ジャボと呼ばれるネクタイ代わりのフリフリしたものがあるのだが、それに氷絹をふんだんに使い、最高品質のダイヤモンドのブローチをつけているため、とても涼やかな見た目をしている。

氷絹は、袖のフリルにも使われているのだが、フリルの下には手が冷えてしまわないようにブラウスの袖が長めにとられており、薄い青色と相まって氷のように見える粋な演出がされていた。


 ロッシュが手配しただけあって、かなり豪華な衣装になったのだが、ジョルジュの性格から滲み出る柔らかさと国王の愛人となった母親に似た美貌とが合わさり、黙っていればため息が出る仕上がりである。


 「おー、ジョルジュ、似合ってんじゃん!カッコイイぞ」

「えへへ、そうかな?ありがとうー。アリエスさんも、その、き、綺麗だよ!」

「おう、ありがとな。さーてと!んじゃ、いっちょ、ギャフンと言わせに行くか!!」


 アリエスの掛け声に「おー!」と拳を突き上げるジョルジュに、雰囲気が台無しだと額に手を当てて首を振るロッシュであった。



 



 



 


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