第五話 受け継がれるもの

 用事も済んだことからアリエスはクラウスと一緒に彼の自宅へと向かったのだが、ここにロッシュはいない。

婚約発表がある夜会の準備に忙しく、アリエスのそばにいられないのだ。


 テレーゼはというと、滝壷でアリエスが獲得したレア物がいい感じに干せたのが確認できたため、調理を開始している。

物はないが時間はあるという田舎ならではの料理にテレーゼは更に腕を上げているが、彼女がその腕をふるうのはアリエスのためだけである。


 祖父と孫、二人でとりとめのない話をしながら辿り着いたクラウスの家は、オレンジ色のレンガと白い壁に青い屋根の小さいながらもオシャレな佇まいで、こぢんまりとした庭もあるのだが、隣近所との距離は近い。


 祖母から母アデリナが受け継いだという形見は、クラウスの部屋にあるクローゼットに大切に保管してあると言い、取ってくるので待っているように言われたアリエスは、ちょこんとリビングのソファーに座った。

祖父であるクラウスには慣れたが、知らない家に一人でいることに落ち着かない彼女はキョロキョロとしており、その視線がパチっととある人物と交差した。


 アリエスと目が合った女性はオロオロとしつつもペコりと慌てて頭を下げた。

彼女は、伯父ヘルマンが招き入れてくれた家で赤子を抱いていた若い女性であった。


 「えっと、こんにちは」

「あ、はいっ!こ、ここここんにちはでございますです!!」

「普通に喋っても大丈夫だよ?んー、今は孫としてここにいるから、私のことは冒険者だとでも思って、ね?」

「よ、よろしい……ので、しょうか?」

「うん、その方が私も楽だから。あ、赤ちゃんは?」

「お昼寝中ですよ」

「何か、疲れてる?」

「あー、あはは。初めての子育てなので、大変で……。でも、可愛いんです」


 アリエスは、ちょいちょいと手招きすると、自己紹介がまだだったことに気付いてお互いに名乗り、彼女の名前がミユで、年齢は17歳だと知った。

疲れているときは甘いものが良いだろうと、アリエスはインベントリから安納芋入りアップルパイを出した。


 甘く芳ばしい匂いに唾をゴクリ飲むミユにアリエスは、「たくさんあるから遠慮するな」と言って切り分けてあげた。

この時点で王女に給仕をさせてしまっていることに気付いていないミユであったが、田舎生まれの田舎育ちからの田舎暮らしである彼女に、この匂いは刺激が強過ぎたのだ。


 「なんじゃ美味そうな匂いがするな」

「お、じいちゃんも一緒に食べようぜ!」

「ああ、お言葉に甘えるとしよう。……ミユは、どうしたんだ?」

「美味し過ぎて固まってんのかな?でも、これ焼いたのテレーゼじゃなくてジョルジュだぞ?」

「王子様が焼いた菓子を王女様が取り分けたのか……。何とも贅沢な品じゃ……」


 あまり色々と言うと「味がしない」という状態にならないとも限らないと、アリエスは黙っていたのだが、クラウスは彼女が給仕していたことにツッコんだのだった。


 クラウスから形見のホウキとチリトリを受け取ったアリエスは、とても楽しそうにその品を眺めていた。

メイドとなった母アデリナらしい形見だと。


 しかし、ホウキを横に傾けたとき、ほんの少しだけだがコトっと音がしたような気がしたアリエスは、「中に何か入ってんのかな?」と万物鑑定をしてみた。

気のせいかもしれないことを確認するためだけに、ホウキの柄の部分を壊したくなかったのだ。


 万物鑑定をしてみて分かったのは、ホウキはただのホウキであったが、中には「万年樹」と呼ばれる木の種が入っていた。


 万年樹という木は、そう呼ばれているように万年を生きる木で、燃えにくく、水枯れに強いという特徴もあって育てやすいのだが、一本の木に一つの種しか残さず、挿し木で増やそうにも根付くことは無いため、伐採する際はかなり長い年月を待ってからでないと、もったいないのだ。


 万年生きる木にあやかって健康長寿を願い、燃えにくい木であることから火災除けのお守りとして用いられることがあり、その木片をホウキの柄に入れて家内安全を祈る風習がジオレリア王国にはある。


 「木片をお守りにすることはあっても、種を入れることはねぇみたいなんだけど……。ましてや、一本の木に一つの種しか残さないのに。これって、どこから来たホウキなんだろ……」

「結婚する前から女房が大事に使っておったな。毎日ではなく年末年始にだけ使うんだ。女房とは、この近くの町で出会ったんだが、両親は早くに亡くしてるって話だから、そのホウキがどこから来たもんかは分からんな……」

「……なぁ、じいちゃん。これ、出してみていいかな?」

「構わんぞ。アリーのもんじゃ、好きにすれば良い。咎める者なんぞ誰もおらんからな」


 アリエスはクラウスにお礼を言うと、ホウキの柄の端を慎重に切っていき、中の種を取り出した。

コロンと柄の中から出てきた種の他に何もないか中を覗いたところ、これといって何も入っていなかったことを確認し、種を万物鑑定してみた。


 「ジオレリア王国マンダリーノ伯爵家に受け継がれる万年樹の種。……は?え、は?いやいやいや!?何で一本の木に一つの種しか残さないもんが、しかも他国の伯爵家の種が!田舎の家にあったホウキの中にあんだよ!!?」

「なんということじゃ……」


 アリエスは頭を抱え、クラウスは二の句が告げられず、ミユはアップルパイを食べたままトリップして戻ってきていない。

とりあえず、困ったときのロッシュだと、アリエスは形見のホウキとチリトリ、そして、その中から出てきた種を慎重にインベントリへと片付けたのだった。

 


 


 

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