第二話 驚く

 衣装はロッシュに任せておけば何とかなると、ウェルリアムはホッとした様子で帰って行った。第一王子バニュエラスへの手土産を持って。


 ジョルジュの側近が加わったことでアリエス自身が何かをする必要はなくなり、ダラダラとした日々を過ごしていたところ、ドードンが新たな住処に落ち着いたようで卵をポコポコと産み始めた。


 それを聞いたアリエスはホットケーキが食べたいと言い出し、テレーゼとジョルジュがドードンの卵を使ってホットケーキを焼いてくれた。

トッピングのバターは相変わらずお買い物アプリ産の物だが、シロップはズートエイス王国産の樹液から取れるものを使っている。


 ズートエイス王国というのは、氷の世界に閉ざされた国で、雪が溶けるのは1週間だけというとても寒い国で、場所はハルルエスタート王国から地続きで北東にあり、フユルフルール王国の海を挟んで真北に位置している。

フユルフルール王国に寒風を吹き降ろす高い山は、ズートエイス王国がある大陸から地殻変動によって分かれたものである。


 「やっぱ、魔力が含まれてる方が美味いな」

「そう?アリエスさんが買ってくれたシロップも美味しいよー?」

「最初はな、美味いと思うんだよ。でも、その味に慣れてくると魔力がないやつって飽きてくるぞ。あっちでしか買えない物は仕方ないけど」

「ねぇ、アリエスさん。僕、怖いから聞いておきたいんだけど、いいかな?」

「お?何だ?答えられることなら教えてやるぞ?」


 神妙な面持ちをしたジョルジュはゴクリと唾を飲み込むと、アリエスの方へと向き直り「行ったことがあるお店の品を買えるんだよね?前にいた世界と今いる世界の両方とも」と言い、一度深呼吸してから再び尋ねた。「奴隷って、どうなってるの?」と。


 「は?奴隷?え、いきなり何の話だ?」

「スキルで買えるのは行ったことがあるお店で売ってるもの、なんだよね?僕を治してくれたクララ先生が、アリエスさんに買われた奴隷だったって聞いたんだ。だから、アリエスさんのスキルで増えちゃうんじゃって怖くて……」

「あっ、ああ〜、なるほど。そういうことね。はいはい。結論から言います。増えませんっ!ていうか、スキルで買えねぇから」

「ホント?増えない?」

「クララの無限増殖とか起きねぇから。ていうか、生き物は売ってねぇの。ペット用品は買えてもペット自体はリストにねぇんだわ。それは、こっちの世界のも同じで、奴隷に限らず従魔とかも載ってねぇの」


 お買い物アプリで生き物は買えない。

種のままであったり摘み取られた葉や花などはお買い物アプリに売っているが、鉢植えごとは売っていない。


 この世界で摘み取った花や枝を根付かせて増やすことは出来ても、お買い物アプリで購入したものでは、それをすることが出来ずに枯れてしまう。


 そのことからお買い物アプリでは動物に限らず生き物は買えないのだろうと判断したアリエスであったが、ブラッディ・ライアンから異世界の種が売っているのならば育ててみたいと言われたことがあった。

何か起きても対処できるようにと購入した種を一粒だけ与えて植えさせたところ、何事もなく芽吹いたのだが、徐々に空気中に含まれる魔力に影響されて魔物化したという結果になった。


 命には魂が宿る。

それは、唯一無二の存在である。


 そういうことからお買い物アプリでは生き物を買えない仕様になっているのだが、種はそのままだと命が宿っておらず、芽吹いたときに命が宿るので売っている。

そういうことになっているので、ナッツ類は買えるのだ。


 「ということで、心配すんな」

「そっかー。よかった」

「ちなみにマリーナ様も売ってないからな」

「マリーナ様って……、え?聖霊様?」

「そう。そのマリーナ様。オークションで買ったんだよ。ていうか、オークションは店にカウントされないみたいでな。リストには載ってねぇの」

「え?えぇっ!!?マリーナ様ってオークションで売ってたの!?」


 各国が喉から手が出るほど欲している聖霊様が、オークションで売られていたと知って驚き固まるジョルジュ。

だが、アリエスから顕現させるための工程を聞いて、「巡り会うべくして出会ったんだねぇ」と、つぶやいたのだが、そばで聞いていたクロヴィスは白目であった。


 翌日、アリエスの衣装とお揃いで仕立てるために、ジョルジュはウェルリアムの転移によってハルルエスタート王国王都にある仕立て屋まで運ばれたのだが、その際に店主からアリエスのドレスが仮縫いの段階まで済んでいるとの報告を受けたロッシュは、ウェルリアムに頼んでアリエス連れてきてもらうことにした。

特にこうして欲しいなどといった要望のないアリエスは、「そのまま仕上げてくれていいのに」と、面倒くさそうであった。


 しかし、試着してみたところ胸が少しキツく感じたアリエスは、顔を引きつらせた。


 不妊の処置を施された際に、胸の成長も止まると教えられてホッとしていたのに、少しずつではあるがまだ育っていたのだ。

あのときに処置をしていなければ今頃どうなっていたのかと恐怖を感じるアリエスは、「これ以上大きくなりませんように」と祈るしかなかった。


 試着を終えたアリエスが気まずい表情をしていることにロッシュは、ドレスがお気に召さなかったのかと思い、「どうかなさいましたか?何でも仰ってください」と尋ねたのだが、「まだ乳が育ってた……」という彼女の返答にロッシュは苦笑し、ジョルジュは真っ赤な顔を両手で覆ったのだった。


 


 


 



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