12 娘へ

第一話 用意

 穏やかな日々を過ごしているアリエスのもとへ、むくれたウェルリアムが訪ねてきて愚痴っていた。

それを受けてアリエスは笑いながら謝っているが、全く悪びれた様子はない。


 「本当に反省してます?」

「してるしてる。悪かったって。ジョークが過ぎたのは理解してるよ」

「本当に勘弁してくださいよ?バニュエラス義兄上、照れていたのもあるんでしょうけど、世継ぎを急かすのかと怒ってましたからね?」

「そうなのか?それは悪いことしたな。でも、うちの家系って急かされんでもすぐにデキそうだけどな」

「あー、まあ、そうなんでしょうけど。バニュエラス義兄上って、先代国王陛下に似ておられるそうで、その、そんなに性欲はないみたいなんですよ。と言っても一般人よりかはあるんでしょうけど」

「そうなのか?あー、それなら怒るか。性欲と戦闘欲が薄いタイプって凡庸とか陰口言われるってロッシュから聞いたことあるわ」

「それでも一般人から比べたら十分というか、異常なほどありますからね?というか、そんな家系の人に精力剤とか止めてくださいよ!」


 最後は怒っているというより悲鳴に近かったが、その横では会話の内容にジョルジュが顔を真っ赤にしており、シラタマが耳を塞いであげていた。今、耳を塞いでも遅くないか?


 純粋培養なジョルジュに夜のお話は刺激が強かったのだが、そんな彼も男ではあるのでそういうことに興味はある。

しかし、命を狙われていた上に目が見えないということで、女性相手とはいえ二人きりになるのは怖かったため、そういった経験は皆無で、娼館へ行ったこともない。


 ウェルリアムは、前世ではそういうことに時間を割けなかったのだが、公爵家子息になったときに色々と経験させられたので、こういった話は普通に出来るし、今世の友人たちとも平気で下ネタを話題に酒を飲むこともある。

そんなノリについて行けるアリエスは、その感覚で喋っており、ジョルジュが真っ赤になっていることに気付いていないのだった。


 「そうでした、報告があったのを忘れてました。僕が新たにアウレーリア様と婚約したことと、アリエスさんとジョルジュさんが婚約したことを公表するための夜会が開かれるので、その準備をお願いしますね」

「準備って何するんだ?」

「以前に夜会で着られたドレスはもう使えないので、仕立てるところから始まりますね。サイズが変わってなければ仕立て屋のデータで作ってもらえますが、ジョルジュさんは一度採寸に行かなければなりませんね」

「あー、一度着ていった衣装は使えないんだったか。めんどくせぇー」

「そうです。というか、主役なのですから、使い回しの衣装なんてダメに決まっているではありませんか」


 結婚も婚約もさせるつもりのなかった父ちゃん国王は、アリエスにかなり希少な素材を使ったドレスを贈っており、それを超える衣装となると少々どころではなく難しい話になる。

しかも、お披露目会までの時間があまりないことを考えると、かなり急がなければならないのだが、そこはさすがロッシュである。既に手配済みであった。


 「兄上先代国王とわたくしめとで既にドレスを依頼させていただいております。陛下が贈られたものを超える逸品をということでございまして、昔の伝手を頼りかなり素敵なものに仕上がると自負いたしております」

「ほぇー、そうなのか。アクセサリーはミストとライアンに作ってもらったのでいいか?」

「左様でございますね。兄上先代国王が亡き王太后様の品を下賜すると仰せでございましたが、アリエスアリー様がお持ちの品の方が品質が高くデザインも洗練されておりますからね。ジョルジュ殿とお揃いというのもよろしいかと思われます」

「婚約したんだと揃いの衣装の方が良いのか?私のは間に合うんだろうけど、ジョルジュのは?」


 夜会や茶会に出なければならなくなったときのためにと、先代国王とロッシュとで衣装は既に手配してあったが、そのときにはジョルジュと出会い婚約に至るとは思いもしなかったため、男性用の衣装は頼んでいなかった。

しかし、二人の婚約話が出たときにロッシュは先代国王と相談の上、ジョルジュの分も依頼していたので、何とかギリギリ間に合う。


 それを聞いてアリエスが、「さすが、ロッシュ」とキラキラした目で見てくるのだが、そこにジョルジュも加わって喜びたいが少し複雑な気持ちにもなるロッシュであった。


 ジョルジュの側仕えクロヴィスは、本来ならば衣装を用意するのは自分の仕事なのだが、今いるのが知らぬ土地な上に田舎であるため動くに動けず、しかも持たされている旅費を全部使っても用意できるか怪しい状態であったため、悔し涙を心の奥深くに押し込めて笑顔を貼り付けている。

それを察したロッシュが仕方がないとばかりに、アリエスたちに分からないようにクロヴィスを部屋から連れ出し、「王族と貴族の違いを受け入れなさい。ましてや国力も違うのですから」と、肩に手を置いて慰めた。


 「そう……ですね。まだ、マシな方ですよね。ジョルジュ様が婿に入られるのですから、衣装を婚家に用意していただくのもおかしな話ではありませんし……」

「水路の存在を見つける切っ掛けとなったのですから、そのご褒美ですよ。それに、お披露目の際に身につける宝飾品は、ジョルジュ殿が見つけてアリエス様にお渡ししたものです。誇らしいお方ですよ。政略が絡むとはいえ、婿が彼でようごさいました」


 何となくジョルジュを見ていると、とあるメイドを思い出すロッシュ。

何でもないことに目を輝かせ無邪気に笑う姿は、在りし日の彼女を彷彿とさせた。

 それをアリエスも感じているのか無意識なのか、出会って間もないジョルジュに柔らかい表情を見せている。

男女の仲ではなくペットを愛でているようなところはあるが、そこから発展しなくてよろしいと思うロッシュに対し、クロヴィスは二人の間に子供が出来たら可愛いだろうな、お世話したいな、と思っているのであった。今のところそんな日が来るとは思えんが。


 

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