第四話 気付く

 お礼の品と差し入れを買い終え、ジョルジュを餌付けしたアリエスは、ウェルリアムに養鶏を始めることを話した。

すると彼は、「ハンナさんがいる間に鶏舎を頼みに行きましょうよ」と言い、わくわくした様子で外へ行こうとアリエスを急かした。


 鶏舎、つまりドードンハウスがあるとどうなるのかイマイチ分かっていないジョルジュにウェルリアムは、「卵があると色々なものが美味しくなりますし、何よりお菓子の材料ですよ」と説明すると、途端に彼は目を輝かせた。


 ジョルジュが幼い頃に襲われたとき、「この子の人生がこの先どうなるか分からない」と、彼の伯父は心配し、せめて食べることに不満を抱かないで済むようにと贅沢なものは与えなかった。

そのため、貴族が食す砂糖がたっぷり、または贅沢な材料を使った高級なお菓子やデザートなどが与えられることはなく、普段のお菓子といえば庶民が買える素朴で安価なものだった。


 それを不憫に思った側近たちがお金を出し合って、ジョルジュに誕生日プレゼントとして買い与えたのだが、彼はそれをとても喜んで皆で食べようとする。

美味しいものは皆で食べた方が更に美味しいと言って。


 しかし、アリエスのところに来てから皆で分け合わなくてもきちんと全員分、しかも、ペットのムーちゃんの分まであるのだから、ジョルジュの食いしん坊スイッチはスパーンっ!と入ってしまった。

今までは味と匂いだけだったのが、今は目でも食事を楽しめるので食いしん坊に拍車がかかっている。


 ディメンションルームから外に出ると、ジョルジュの側仕えクロヴィスが走り寄ってきて「側仕えを連れずに密室に入るのはいけません!」と、叱ってきた。

それに対してアリエスは、「すまんな。つい癖で貴族らしい行動を忘れるんだわ」と言ったのだが、平民でも異性と二人きりで密室に入るのは、あまりないことだぞ。


 「アリー、平民でもダメなやつだからな?」

「え、マジで?ハインリッヒさん、それじゃあ冒険者はどうすんだよ?」

「ジョルジュ君は、平民であって冒険者じゃないからな?側近たちは護衛のために冒険者になっているが、彼は平民のままだったはずだ」

「そうだよー。クロヴィスと僕は平民だね」

「てことは、ダメなのか」

「ダメだな。本来は、だけどな」

「まあ、アリエスさんですからね。そんなことを言えば、僕は公爵家子息なので余計にダメですけれどね」


 ウェルリアムの一言に固まるクロヴィス。

ギギギ……と、錆びついたようにウェルリアムの方を見た彼は、「公爵家……の、ご、ご子息……様?」と、青い顔でつぶやいた。


 アリエスは王女で侯爵家当主なのだが、本人の言動からつい忘れがちになっているのと、彼女があまり仰々しい態度を好まないので、最近はなるべく自然に接するようにしているクロヴィスであったが、公爵家子息の前で声を荒らげてしまったことに震え上がった。

側仕えの失態はあるじが責任を負わなければならないため、このままではジョルジュに責任が行ってしまう、と。


 何故にクロヴィスが顔を青くしているのか分からないアリエスとジョルジュは、揃って首を傾げている。

ジョルジュはともかくアリエスは分かっていないといけないのだが、彼女にとってウェルリアムはリム・・でしかないのだ。


 それがくすぐったくて嬉しいウェルリアムは、頬を緩めながら「ここにいる間は、ただのリムだと思ってください」と言った。

自身がヤオツァーオ公爵家の血を引いていないことを教えるわけにはいかないが、母親はれっきとした伯爵家令嬢であり、今ではヤオツァーオ公爵家嫡男の側室である。それに来年には公爵家を賜わる第四王女アウレーリアの夫となるため、公爵家の人間になることには変わりないのだ。


 しかし、ウェルリアムの家がエントーマ王国に隣接しているヤオツァーオ公爵家であると知って、態度を軟化させるどころか冷や汗タラリな状態になってしまったクロヴィス。


 エントーマ王国は、ソレルエスターテ帝国から妃を迎え入れたことから分かるように、帝国派の国であったため、ヤオツァーオ公爵家が王国であった頃には帝国の軍勢と共に攻め入る話も出ていたのだ。

大きな戦にはならなかったが、国境線での小競り合いは頻繁に起きていたため、ヤオツァーオ公爵家のエントーマ王国への心象は、ソレルエスターテ帝国ほどではないが悪い。


 そのことに気付いたウェルリアムは、「あなたが陣頭指揮を執っていたわけでも、ジョルジュさんがしていたわけでもないでしょう?」と、苦笑したのだった。


 「戦争なんて、責任は上が取るもんであって、民草にまで背負わせる必要はねぇだろ。それに、うちの国は都合良く歴史を改ざんしたりはしてないって話だからな。まあ、あえて伏せていることはあるだろうけど」

「ほっほっ、事実は小説よりも奇なりと申しますからね。陛下の逸話はまるでおとぎ話のようでございますよ」

「あー、地面を叩き割って分断したってやつ?やろうと思えば出来んじゃね?」

「戦いに従事していたり上位冒険者でもない、ましてや、まだ成人してもいない王太子殿下がなされたということに驚くのでございますよ」

「上に立つ者が先陣を切らなくてどうすんだよ。当たり前じゃね?」

「アリエスさん、それ上に立っているといっても中間管理職までの人たちだと思いますよ?」


 戦場を継承権の低い王子が駆け抜けることはあっても王太子が出ることはない世界なので、アリエスの父ちゃんがどれだけ異色なのか分かるというものである。

そうは言ってもアリエスも戦闘になれば先陣を切るタイプなので、彼女がそう言うのも仕方がないことなのだが。


 このやり取りを聞いたジョルジュが「もう置いていかれるのも待っているだけなのも嫌だ」と奮起していることに誰も気付いていないのであった。



 

 

 

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