閑話 エントーマ王国の王太后と新国王

 ここは、エントーマ王国。

西の海側にある王家直轄領は豊かな海の恵みによって栄えており、王太后が王妃だった頃に住まうようになってからは、更に栄えることとなった。


 そんな王家直轄領は第二王都とも呼ばれており、今は任期期間僅か3年という短さで退位した元第二王子こと王弟も一緒に住んでいる。


 元第二王子は王弟となり母である王太后と共に蟄居という形を取っているのだが、それは王弟があまり人と関わりたくないからである。


 兄弟姉妹の中では、というより今まで生まれた王族の中で五指に入るほど精霊に好かれやすい体質のため、そのせいで普段の生活も苦労が多いのだ。

その苦労は産まれた頃から始まっており、精霊が好意でお散歩に連れて行ってくれることもあったのだが、宣言も無ければ了承も得ていないので、普通に首の座っていない赤子が行方不明という状況になっていた。


 その頃王妃であった王太后は、自身にそっくりであった彼を可愛がっていたのだが、どちらかというと精霊がイタズラとも呼べるような親切心で色々としてくるため、目を離せずにいたことも多大にあった。

精霊眼を持っていないのに、持っている第一王子よりも精霊に好かれていることに気付いた彼女は、それならば弟である第二王子の方が王位に相応しいのではないかと考えていた。


 そして、第二王子を王太子に、ひいては国王にすることを叶えた王太后であったが、ソレルエスターテ帝国でクーデターが起こり、従姉妹であった女帝が処刑されたことで歯車が狂い始めた。


 最終的に第二王都にて蟄居ということになってしまった王太后であったが、今ではそれで良いと思えるようになってきていた。


 居城の中を下女やメイドが掃除するのではなく、半透明のアメーバみたいな精霊が蠢いて掃除してくれていたり、料理を人型の鍋精霊や包丁精霊、はたまたオタマ精霊がしてくれていても、庭を整えるのにハサミではなく精霊が枝を引っ込めさせていたり、花の咲くタイミングを調整してくれていたりしても、もう何も気にならない。


 つまり、王太后と王弟が住まうこの居城には、使用人がほとんどいないのだ。

王弟が赤子であった頃から仕えているような古株の使用人や、その彼らの子供たちが仕えてくれているため、この異常ともいえる光景に慣れてしまっている。


 のんびりとした日々を過ごす王太后であったが、彼女が執拗に夫の愛人とその子供を始末していたのは、それが夫との間に出来た子ではないのにそうだと言って憚らなかったからなのと、嫉妬であった。

それならばジョルジュに手をかけたのは何故なのかと言えば、それは王太后ではなく、彼女が黒幕であるかのように見せかけた第一王子派の仕業である。


 ちなみに、王位についた第一王子の子供たちに精霊眼を持った者はおらず、孫に一人だけ、しかもまだ赤子という状況なので、第一王子派はジョルジュを始末してしまいたかった。

不穏分子がジョルジュを連れ去ろうとしたときに、混乱に乗じて始末するつもりでその中に紛れ込んでいたのだが、あえなく返り討ちにあって既にいない。


 ハルルエスタート王国へ新国王となった挨拶状とお披露目会の招待状を持たせて向かわせた使者が帰ってきて、ジョルジュがハルルエスタート王国国王の寵愛を欲しいままにしている王女と結婚するということを知った。

しかも、失った精霊眼も含めて古傷は既にその王女の仲間によって完全に治っているという報告も添えられて。


 エントーマ王国新国王マクシミリアン三世は、その報告に顔を引きつらせた。

自身の派閥に属しているものたちがジョルジュの命を狙っていたことを知っていたが、それを見て見ぬふりをしていたところはあった。


 国王を父に持ち、ソレルエスターテ帝国公爵家出身の王妃を母に持ち、精霊眼を持っている自分と、精霊眼を持っているとはいえ愛人の子であるジョルジュでは勝負になり得ないのだからと、放置していた。

しかし、だからといって騒ぐ周りを諌めることも注意することもしなかったために、その暴走を止めることが出来ず、ジョルジュは酷い怪我を負い、精霊眼を失った。


 精霊眼がなければ派閥が騒ぐことはもうないだろうと、そのままにしていたところへ、ハルルエスタート王国第一王女がジョルジュの目を治して王位につけようとしているという情報を得て、頭を抱えたのだ。

ソレルエスターテ帝国の後ろ盾が期待できない今、ハルルエスタート王国の後ろ盾を得られるのはありがたい話ではあるが、ジョルジュを王位につけるということは王位の剥奪にあたる。


 それを許すほどめでたい頭をしていないマクシミリアン三世は、秘密裏にジョルジュを逃がすように彼の家族へと知らせ、無事にジオレリア王国へ向けて出発したという報告を受けて、胸を撫で下ろしていたのだ。

それなのに、どこをどうしたらハルルエスタート王国国王の寵愛を受けている王女と結婚という話になるのかワケが分からなかった。


 困惑を顕にするマクシミリアン三世に、彼の腹心は更に頭の痛い内容を告げた。


 「どうやらジョルジュ殿御一行を襲った者たちの中に、こちらの派閥に属している者が紛れていた模様です。恐らく混乱に乗じてジョルジュ殿を始末するつもりだったのではないかと思われます」

「……ジョルジュが何をしたというんだ。確かに派閥の者たちを諌めなかった私にも責任はあるだろう。しかし、ハルルエスタート王国の第一王女は、どうやって彼を王位につけるつもりだったのだ?この国は実力主義だぞ?王位につくには、一人で虫塔ダンジョンへ行ってボスの素材を取って来なければならないのに」

「権力にものを言わせて、ゴリ押しするつもりだったのでは?」

「……いや、それはないだろう?ハルルエスタート王国だぞ?あの大国の第一王女だぞ?この国の誰もが知っているようなことを知らない筈はないだろう?」

「……私の息子がハルルエスタート王国の学園へ留学していたのですが、ちょうど第一王女様と同学年でして、お人柄は『傲慢で浅慮』だったそうです」

「…………。そうか。まあ、そういうことにしておこうか。あの国の第一王女がクーデターを起こそうとしていたことに関して、その証拠は確保できているんだろう?」

「それが、既に処分された後でして……」

「ちょっと待て。あの不穏分子の中へ入り込ませたヤツが確保していたはずだろう?何故、処分している!?」

「いつの間にか『処分しなければならない』という焦燥感に駆られて、メイドに処分させてしまったと言っているのですが、それを渡してしまった相手はその家の者ではなかった可能性がある、と……」

 

 マクシミリアン三世は、背筋が凍る思いをした。

証拠の在り処を突き止め、それを難なく持ち去ることが出来て、それがあって困るとすればハルルエスタート王国しか考えられない。


 ハルルエスタート王国の第一王女がクーデターを起こそうとしていたことの証拠があれば、こちらが優位に立てると思っていたのに、ハルルエスタート王国がそれを許すほど腑抜けた国ではなかったということを思い知ったマクシミリアン三世は、クーデターが起こりそうであったことを無かったことにした。

それどころか異母弟ジョルジュがハルルエスタート王国国王の寵愛を受けている王女と結婚するということを喜ぶことにして、彼を父親先代国王に認知させて王弟という地位を与えることにしたのだった。


 エントーマ王国新国王のお披露目会には、ハルルエスタート王国からは王太子アルフォンソの息子である第一王子が出席するという返事であったが、そのことに下に見られていると憤る者たちがおり、それに少し同意する気持ちがあったマクシミリアン三世は、「下に見られているのではなくて、実際に下なのだな……」と、腹心の報告を聞いて乾いた笑いをこぼしたのであった。

 


 

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