閑話 燻る思い

 ここは、エントーマ王国王都にある宿屋の一室。

そこには、ウェルリアムと彼の転移によって運ばれたレベッカとルナールがいた。


 レベッカの諜報員としての力、ルナールの精霊、ウェルリアムの転移を合わせれば向かうところ敵無しな状態であるため、スルスルと情報を得られた結果、頭の痛い思いをするはめになった。


 苦虫を噛み潰したような顔でレベッカは、「あんのクソガキ、本当にロクなことしないわね……」とボヤき、それをウェルリアムが「不敬ですよ」と苦笑しながら宥めていた。


 「ウェルリアム様、あなた気付いていなかったの?」

「何かコソコソとしているような?とは、感じていましたよ?でも、さすがにここまで愚かな人だとは思いもしませんでしたよ」

「はぁ……、ハルルエスタート王国の王族が可愛がる子供は一人だけだものね。それ以外は放っておかれるから仕方がないにしても、今回のはちょっと厄介よ?」

「そうですね。陛下はアリエスさん、王太子殿下は第三王女フェリシアナ様でしたっけ?」

「そうよ。あのクソガキが余計なことをしでかしてくれたおかげで、小さな悪魔が目覚めちゃったらしくてね。ただまぁ、王太子殿下ほどではないのと第三王女フェリシアナ様が『王妃になって国を動かしたい』という一本の芯があることが救いね。そして、友好国に嫁いで行かれる、と」

「それ、厄介払いって言わない?」

「ルナール、口は災いの元よ?」


 第三王女フェリシアナが小さな悪魔プチサイコパスに進化したのは、ウェルリアムの婚約者である第一王女コンスタンサがちょっかいをかけたからである。

つまり、レベッカがクソガキ呼ばわりしたのは、第一王女コンスタンサのことであった。


 ウェルリアムがロッシュから依頼されたのは、エントーマ王国の王家がどうなっているのかということと、不穏分子についてだったのだが、それを調べるにあたって一人ではとても対処できないので、レベッカを頼ることにしたのだ。

ちょうどルナールをレベッカに届けるところだったので、このタイミングの良さはアリエスが関わっているのではと頭を過ぎったが、その通りだったことを後で知る。


 ウェルリアムからことの次第を聞いたレベッカはニンマリ笑って「腕が鳴るわねぇ」と言い、ルナールとの連携を試すのにちょうどいいと軽く請け負ってくれたので、仕事は早々に済んだ。


 そして、得られた情報というのが、エントーマ王国国王が退位し、ソレルエスターテ帝国から嫁いできた王妃が王太后になったこと、それに伴って第二王子が新国王になったが、帝国の後ろ盾を失った王太后の主張をもう受けいれる必要はないと、第一王子が軍を率いて王位を奪取したといった内容であった。


 しかし、王位を奪取したというよりも正当なる後継者が王位についた、といった印象が強く、第二王子であった新国王も何の抵抗もないどころか明け渡す準備を終えていたのだから、完全なる茶番であったことが知れた。


 不穏分子については、第一王子が正式に国王となったことに異議を唱える声が少ないにもかかわらず、謎の強気を発揮しているため、そちらに張り付いてみたのだが、帝国のように「どこに目や耳があるか分からない」という危機感がそれほどなく、かなり簡単に情報を入手することが出来た。


 その情報を元にとある家へと向かい、証拠品を回収することにしたのだが、レベッカが潜入すると意気込む中、ルナールが「相手に持っていてはマズイと思わせて捨てさせれば済むじゃない」と言って、契約している闇の精霊に精神汚染系の魔法をかけさせた。

そうすると、証拠品を持っていた人物は、フラフラとそれを手にして裏庭へと出てきたのでルナールがそこへ行き、「こちらで抜かりなく処分しておきます」と言って回収してきた。


 それを見たレベッカは、「私の今までの、前世を含めた苦労や努力って何だったのかしら……」と、乾いた笑みを浮かべたのだった。

だが、優秀な部下が出来たのも事実なので、それで良しとしたレベッカは、宿へと戻って証拠品の内容を確認し、そこで頭の痛い内容に顔を顰めることになったというわけだ。


 その内容とは、第一王女コンスタンサが精霊眼を持つジョルジュを聖霊マリーナ・ブリリアント様の力によって回復させ、そして、彼を王位につけて自身が嫁ぐというものであった。

ウェルリアムと婚約しており、公爵家をおこすことが決まっているにもかかわらず、そんな手紙をエントーマ王国の不穏分子へと送っていたのだ。レベッカが「クソガキ」呼ばわりするのも分かるというものである。


 イライラを隠すことなくレベッカは、「陛下の意にそむくことの意味を分かっていないようね」と吐き捨てたあと、挑むようにウェルリアムを見た。


 「どうするおつもりかしら、ウェルリアム様?」

「どうしましょうねぇ。……病気療養で王族から養子を取るのが無難かな?あー、でもマリーナ様の存在があってそれは無理があるか」

「あら?随分とお優しいことを仰るのね」

「ふふ、じゃあ、アリエスさんに頼んでみようかな?さっき、コテージに行ってきたら伝言があって、そのジョルジュという人物をアリエスさんが保護してるみたいだし」

「相変わらずの引きの良さね。それで?悪い顔して何を頼むつもりなの?」

「コンスタンサは、僕との距離を縮めたいといった態度を取っていたんだよ。なのに、裏ではこんなことをしていた。彼女と人生を共に歩むのに僕なりに努力していたつもりだよ?それなのに、彼女はまだ王妃になることを諦めていなかったんだ」


 ウェルリアムは分かっていた。

第一王女コンスタンサが王妃になりたいのは、王妃となって国を動かしたいという第三王女フェリシアナのような理由からではなく、頭を下げる地位になりたくなかったからだと。


 ソレルエスターテ帝国でクーデターが起こり、新たな皇帝となった青年に婚約者はいなかったのだが、政治的な判断からハルルエスタート王国から皇妃を出すことはないと表明しており、第一王女コンスタンサの「友好を示すために王妃・・として嫁ぎたい」という意見は却下されている。

彼女に皇妃が務まるわけがない、という大多数の意見があり、ましてや臣籍降下して公爵家をおこすことが決まっており、婚約者までいてそんなことを言い出す頭の中身では国の恥を晒すだけだというのが本音である。


 第一王女コンスタンサは、このままでは本当に臣籍に降るしかないと思っていたところへエントーマ王国の話を耳にし、精霊眼を持たない第二王子よりも、精霊眼を持っていて、尚且つハルルエスタート王国が後ろ盾になれるジョルジュを王位につければ自分が王妃になれる道が開かれると本気で考えて手紙を秘密裏に送ったのだ。

ご丁寧にハルルエスタート王国王女を示す封蝋まで使って。これはエントーマ王国相手にクーデターを起こそうとしていたのは私です!という確たる証拠になる。クーデターは成功すれば英雄だが、失敗すれば謀反人である。それが、ましてや他国の者、しかも王族が介入していたとなれば大問題になるので、表沙汰になる前に証拠品を確保出来たことに胸を撫で下ろしたのだ。


 ウェルリアムは、施設育ちの貧乏苦学生という前世と、貧民街育ちの今世という貴族とは無縁の人生から、大国ハルルエスタート王国筆頭公爵家の子息となり、戸惑いながら苦悩しながらも必死で努力してその地位に相応しくあり続けた。

第一王女コンスタンサとも歩み寄ろうと努力してきたが、いつも塩対応で冷たく、そんな彼女がやっと歩み寄ってきくれたと思えば、それはダンジョン産の化粧品が目当てだった。


 それでもいつかは心を開いてくれるだろうと、忙しい中でも贈り物を吟味して選んだりお茶に誘ったり茶会や夜会にも積極的に誘っていたが、贈り物に対しての謝礼は側近の代筆だと分かるものだったし、誘いも断られる方が多かった。

ハルルエスタート王国王太子の息子である第一王子が、姉上は照れているだけだから、どう反応して良いのか分からないだけだからと、必死で言葉を尽くしてウェルリアムの心が離れないように取り成してくれていたのだが、そんな第一王子の努力も、ウェルリアムの忍耐も、この事実を前にして無に帰してしまった。


 「……それで?アリエス様に何を頼むつもりなの?」

「コンスタンサは、アリエスさんにマウントを取っていたんですよ。自分にはミドルネームがある、と。しかし、そのミドルネームも王女としての地位も、加えて領地までをも持つことになったアリエスさんが、ジョルジュという人物を婿に迎えたらどんな思いをすると思います?しかも、マリーナ様のお力を借りずに彼の目を治してしまっていたら?」

「あぁー……、なるほど。うん、思っていたよりもウェルリアム様が怒っているということが、よぉーく分かったわ。……でも、無理強いはダメよ?」

「分かっています。でも、恐らくアリエスさんなら受けてくれるでしょうね。あのお方はイタズラが好きですから」


 ウェルリアムは、アリエスに心配をかけまいと、第一王女コンスタンサとの仲が上手くいっていないことを隠していた。

周囲が第一王女コンスタンサに「いつまで婚約者に他人行儀な呼び方をさせているつもりなのか」と苦言を呈したことで、彼女は腹を立てていたのだが、そこでウェルリアムが「コンスタンサ」と敬称もなく呼んだことで周りは「仲を深められたようで、よかった」となり、第一王女コンスタンサも表面上はにこやかな対応をした。


 だが、表面上であったとしてもそこから慣れていけば良いと、いずれ臣下に降るのだからと、長い目で見ようと思っていたウェルリアムは、今回のことで心の柔らかい部分をえぐられた気分になった。

そのため、彼は今までの鬱憤を晴らそうと決意した。もう我慢などするものか、と。国王もアリエスも逃げたくなったら逃がしてやると言ってくれたのだ。やらかしたのは、あちらなのだから遠慮なく捨ててやると。


 大国ハルルエスタート王国貴族の序列一位を誇るヤオツァーオ公爵家。

その家の薫陶を受けた彼にも矜恃がある。


 第一王女コンスタンサがこの後どうなるのかは、彼とアリエス、そしてロッシュの知恵によって決まることだろう。

先に国王へ話を持っていけばポーン処刑、で終わるからである。

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