第九話 美味しければいい

 お互いに思いを寄せているわけでもないし、政治的な話が出ているわけでもないのだからと、婿の話は置いておくことになった。

それに、ジョルジュも古傷を治してもらえたことで行動に制限が掛からなくなったため、やりたいことがやれるようになったのだから、誰かの庇護を受けずに生きることも視野に入れられるのだ。


 そう言われたジョルジュは、目を輝かせて「そうだね!うわぁー、何しよう?楽しみだなぁ!!」とワクワクしており、青年というより幼い少年のようであった。


 ちなみに、ヘルマンがアリエスを探していたのは森で見つけた死体や怪我人の話ではなく、スープが今晩には食べられるという件であった。

それを聞いてアリエスは、「ヘルマン伯父さんらしいな」と笑い、もし余裕があるのなら少し分けてもらえるか聞いた。


 「余裕があるも何もあのスープは1ヶ月かけて食い終えるくらいの量だからな。全く問題ないぞ!」

「1ヶ月!?」

「そうだぞ。何て言ったかな?薄めて飲むやつだから」

「濃縮タイプか?」

「そうそう、それそれ。肉でも野菜でも好きな物入れて食べるんだよ。美味いんだぞー」

「やべぇ、ちょー美味そう!じゃあ、ジョルジュたちも食べられるな」

「おう!大丈夫だぞ!」

 

 スープに入れる具材は、様々な場所の素材を保管しているアリエスが出すことになり、その食材の中にはエントーマ王国の定番「虫肉」もあった。

それを知ったジョルジュは、「むいもムシ」の肉はあるか聞いてきた。


 尋ねられたアリエスが微妙な顔をしてしまったためジョルジュは、「あ、庶民というより貧民系の食べ物だからね。さすがに持ってないよね、ゴメンね?」と、気まずそうに謝った。


 「いや、大量に買ったからまだあるし、何なら私も平気で食べるけど、ムーちゃんのエサだぞ?」

「あははっ、ムーちゃんのご飯なのかー。だったら貰っちゃ悪いかな?」

「大丈夫だろ。無くなってもまた買えば良いだけだし。私が気にしたのは猫エサを食べることに忌避感はないのかってことだから」

「そうなんだ。全然、気にしないよ?むいもムシを繋ぎに使うと旨みを全部吸って、すっごく美味しくなるからさ。あったら肉団子が食べたいなって思って」

「あー、分かる。あれ、やべぇよな。肉汁全部吸っちゃってさ。あれでしか味わえないもんなぁ」


 アリエスの返しに「ねー?」と、嬉しそうに同意するジョルジュ。

そんな二人を見て「やっぱりお似合いじゃねぇか」と、うんうん頷くヘルマン。

 それに対しロッシュはアリエス全肯定派なので、彼女が嫌がらない限りブチ切れることはないし、先程静かにブチ切れたのは驚いたからに過ぎない。そう、驚いただけである。たぶん。


 ほのぼのマイペースなジョルジュに「アリエスと添い遂げたければ、俺の屍を越えてゆけ」とは、やれないハインリッヒは「ぐぬぬ……」となっているが、あまり本気ではない。

というのも、シャルルとガストンのことを知っているため、その二人が「坊ちゃん」と慕い仕えているからである。


 ドタバタと走り回り、気付けば昼食の時間を過ぎていた。

夕食のスープに使う食材を荷車に積み込み、馬車にはテレーゼとコメットが乗り込み、護衛にはベアトリクスに騎乗したクイユ、御者を兼ねた護衛にミロワールという布陣で村へと出発してもらうことにした。


 研究所ではアリエスがインベントリからテキトーに食べ物を出していき、それをゾラとキートがジョルジュたちの好みを聞きながら盛り付けていっているのだが、アリエスたちパーティー"ギベオン"は勝手知ったるで各々好きなものを取り分けていっており、アリエスの分だけはロッシュがしている。

これだけは誰にも譲るつもりはないが、アリエスが自分でやろうとしているときは手を出さない。その辺の機微はさすが執事である。


 テレーゼ特製の超絶美味しい料理から屋台メシまで落差の激しい昼食ではあったが、死を覚悟したというか死にかけていたジョルジュたちは、完全に胃袋を掴まれてしまった。

ジョルジュは特にデザートに目を輝かせ、お腹がいっぱいなのにスプーンを口にちょこっとくわえて物欲しそうに見ていたため、彼の側仕えであるクロヴィスに叱られていた。


 しょんぼりしたジョルジュにアリエスは、夕食の後にまた出してやるからと苦笑したのだった。


 初対面の人には基本的に塩対応なアリエスであったが、何故かジョルジュに関しては拒否することなく、どうかすると甘やかしてしまうところがあった。

それに気付かないロッシュとハインリッヒではないため、少し警戒しているのだが、自分たちが警戒しているということは精神汚染系の何かを掛けられているわけではないのだろうと判断し、様子を見ることにしている。


 それにシャルルとガストンを知っているハインリッヒは、二人がジョルジュに仕えているのを見て、人柄に問題はないのだろうと考えているため、あまり口は出さないでおこうと思っている。

というか、ジョルジュのほのぼのマイペースに流されてしまうと言ってもいいかもしれない。


 なにはともあれ、アリエスが良ければそれで良いという集団がパーティー"ギベオン"なので、彼女が気にしないことは問題にならないのであった。

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