第六話 マイペース

 元怪我人たちを青年がいる寝室へと連れて入ろうとしたアリエスは、中の様子を見て「ちょっとスペース的に無理じゃね?」と、思った。

研究員が寝るためだけに作られた寝室なのでそれほど中は広くなく、そこにガストンとシャルル、クロヴィスと呼ばれていた男性に加えて膝の上にブラッディ・ライアンを乗せたミストがいるため、室内の人口密度がかなり高かったのだ。


 扉が開き、アリエスが来たことに気付いたガストンは、思ったよりも早い帰還に「もしかしてまだ出掛けてなくて、今から行くのか?」と思い、そう言おうとしたところで彼女の後ろから覗く顔に驚いた。


 「無事だったのか……!?お前だけか?他の奴らは?」

「そう焦んなよ。とりあえず、そこの青年が口にしていた名前のヤツは全員いるぞ。ここじゃ狭いから場所を移動しようぜ」

「あ、アリー様、おかえりなさい。こちらの青年、ジョルジュさんというのですが、まだ自力で動くことは困難なようでして、移動するならば抱えて差し上げた方が良いと思います」

「そうか、ありがとうな、ミスト。んじゃ、スクアーロ頼めるか?」


 青年ことジョルジュをスクアーロに任せたが、ガストンやシャルルではまだ人を抱えて歩けるほど体力は戻っておらず、ジョルジュを他人に任せることへ悔しさを滲ませていた。


 研究所でそこそこの広さがあるのは食堂ではなく、実験室だった。

とても殺風景な部屋ではあるが、ここより広いスペースとなると外へ出なければならなくなるため仕方がなかったのだ。


 死は確実だろうと思っていた護衛が全員生きていたことに驚き喜ぶジョルジュたち。

どうやって生き延びたのかハインリッヒに聞かれた彼らは、ジョルジュに許可を得てから説明をした。


 その話を聞いて不可解であった状況の謎が解けたと頷くロッシュとハインリッヒ。

研究所内には大量の血が流れ、その匂いが充満していたにもかかわらず、外にはそれらが見られなかった理由が判明したのだ。


 ジョルジュに懐いていた精霊の中に、「身代わり精霊」というものがおり、約束を交わした者同士であれば負ってすぐの怪我に限るが、それを約束した相手に背負わせることが出来る能力がある。

その精霊がいたからこそジョルジュは命を狙われていたにもかかわず生きていたのだ。


 その精霊は、ジョルジュを抱えて逃げたシャルルたちが建物研究所に入ったことで安全を確保できたと判断し、足止めに残った護衛たちの怪我をシャルルとガストン、クロヴィスへと背負わせて、護衛の命を延命したのだ。


 だから、研究所の外に血痕はなく、建物内におびただしい量の血液が流れたのだが、これが精霊の仕業だと分かっていたシャルルたちは自前の回復薬を使い、それでも足りず建物内に残っていた回復薬も拝借したが、間に合わなかった。

こちらの命が尽きればあちらも尽きるとばかりに必死に生きようと食らいついていたが、その内新たな傷が増えなくなったことで、戦いが終わったことをさとった。


 しかし、待てども仲間たちがここへやって来ることもなく、自分たちの命も消えそうになっていたところへアリエスたちが来た、ということだったのだ。


 それを聞いたハインリッヒは、頭が痛そうな顔をして「良し悪しだな」とボヤいた。


 「最終的に全員助かったから良かったものの、一歩でも間違ってりゃ全滅してたぞ」

「私が今日ここに行くって思いつきで行動してなきゃ、研究所内にいたヤツら確実に死んでただろうな。森に残された方は村人たちが運んでくれてたから、私にすぐ連絡が来て助かったただろうけど」

「守るべきあるじを守れずして自分が助かるなどというのは悪夢でしかございませんね」


 アリエスたちの「うわぁ……」という態度にあわあわするジョルジュ。


 「ご、ごめんね。でも、僕を思ってしてくれたこ……、あれ?ねぇ、回復薬を拝借したって言わなかった?どうしよう!?どんな回復薬だったんだろう?僕の持っているお金で足りるかな?貴重なお薬だったらどうしたらいいんだろう……」

「あー、まあ、いいよ。研究所内にあったものも私の管理下になったようなもんだし。後でエドに聞いてみるわ」

「そう?ごめんね?あ、そういえば、あなたがここの持ち主さんだったんだよね。勝手に使ってごめんね。それに、仲間を助けてくれて本当にありがとう」


 いいってことよ、と軽く流すアリエスに周りは「いや、いいってことよで済ませられるレベルじゃないんだが」と内心ツッコミを入れていた。


 なんともほのぼのしたジョルジュの雰囲気に流されて、なぁなぁになってしまっているが、誰も自己紹介をしていないことに気付いているロッシュは、アリエスに正式な・・・挨拶をするように促した。


 「そういや、自己紹介がまだだったな。私は、ハルルエスタート王国国王が第27子ヴァレンティア・サラ・エストレーラ侯爵だ。冒険者としてはゴールドランクのアリエスだから、どっちでも好きな方で呼べばいいぞ」

「そうなんだね。んっと、エストレーラ侯爵様と呼んだ方が良いのかな?僕は、ジョルジュ。国を出るときに家名は捨てるように言われたから、ただのジョルジュだよ」

「そっか、よろしくな、ジョルジュ」

「うん、よろしく、エストレーラ侯爵様」 

「いや、違和感しかねぇわ。アリエスって呼んでくれ」

「そう?分かった、アリエスさん」


 アリエスの正体に驚き固まるジョルジュの仲間たち。

しかし、ジョルジュは至ってマイペースでほのぼのしており、アリエスの正体を知っても態度は変わらなかった。


 そんな彼にアリエスは、「これも何かの縁だし、その目とか治すか?」と尋ねたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る