第五話 運搬
村人たちによって荷車へと積み込まれた意識不明の元怪我人たちは、ガタゴトと運ばれていくうちに衝撃で目が覚めた。
荷車は馬車と違って揺れない加工を施されていないので、口を開けば確実に舌を噛むレベルで揺れる。
ちなみにアマデオ兄貴は、馬車に連結された荷車をひくのは問題ないが、荷車だけひくのは嫌だという謎のこだわりがあったりする。
死にかけていた自分たちがいつの間にか全回復して着替えさせられ、荷車で運ばれているというこの状況に警戒しかなかったが、丸腰で枷をはめられているためどうすることも出来なかった。
彼らが目を覚ましたことに気付いたのは、荷車に一緒に乗っていたアリエスの伯父ヘルマンであった。途中で彼らの目が覚めても田舎のじじぃが一緒の方が警戒されずに済むだろうとついて来てくれたのだが、さすが田舎のおっちゃん。アホほど揺れる荷車でも何のその。普通に喋ることが出来た。
「お、気が付いたか?今な、お宅らのお仲間がいるところまで運んでるからな。もう少し待ってろ。なぁに心配いらねえよ、皆無事だって言ってたからよ」
「そっ……、ケホッ!うぐっ、ぐぅ……っ」
「あーあー、悪い悪い。何か飲むもんねぇかな。おーい、アリー!何か飲むもんくれ!!」
王女でもあり侯爵家当主でもあるアリエスに「何かくれ」と叫ぶヘルマン。ここに末息子マルクスがいたら白目を剥いて倒れたことだろう。
意識がなかったことで飲まず食わずだっため、急に喋ろうとして
舌を噛んだのならと水代わりに軽めの回復薬を取り出したアリーたんは、荷車の揺れじゃ飲めずに周りにブチまけそうだと判断し、アマデオに一旦止まってもらうことにしたのだった。
なんとも暢気なやり取りに、本当にただの田舎のじいさんに助けられたのかと思いそうになるが、あの酷い死にかけの怪我を完全に治し、魔力とスキルを封じる枷をはめられていることから、最悪の事態が頭をよぎる元怪我人たち。
そんな警戒心丸出しな彼らにヘルマンは、「揺れる荷車で暴れねぇようにはめてるだけだからよ。あっちに着いたら外してくれるだろう。なぁ、アリー?」と、にっこりと笑った。
「まあな。暴れられたらブン殴らないといけなくなるからな。何しに回復させたか分からなくなるじゃん」
「そういうこった。ていうかアリー相手に暴れると良くないんじゃねぇのか?」
「良くねぇな。面倒なことこの上ないぞ。さて、水分補給は済んだか?本当は流動食も与えてぇんだけど、この揺れだと吐いちゃうかもしれないからな。親切が拷問に切り替わるから後でな」
ポンポンと会話するヘルマンとアリエスのやり取りに、言葉を挟むことが出来ない元怪我人たちは、護衛対象である坊ちゃんが無事なのか聞きたくて悶々とするのだった。
アマデオ兄貴に再びガタゴトと連結した荷車をひいてもらって研究所にたどり着いたアリエスたちは、森へ捜索に向かわせたハインリッヒたちと合流した。
戻ってきたアリエスに「おかえり」と笑顔を向けるハインリッヒは、荷車にてぐったりしている面々を見て大丈夫なのか聞いた。
それに対してアリエスは、明後日の方向を向いて「怪我は治ってるぞ。クララせんせーがバッチリ治してくれたからな。ただ、荷車の揺れだけはどうにもなんないから」と誰に対してなのか言い訳を始めたのだった。
ハインリッヒたちに、森に残されたであろう護衛たちが全員奇跡的に生きていたことと、死んだ襲撃犯が既に村人によって装備品が外され埋葬されたことを話した。
それを聞いたハインリッヒは、「そうか。手遅れになる前で良かったな」と、アリエスの頭をポンポンと撫でて労ってあげた。
んふふ、と笑ったアリエスは、「んじゃ、感動の再会と行こうぜー!」と、研究所の扉を開けたのだが、血なまぐさい臭いや汚れが無いのを見て、テレーゼに丸投げになってしまっていたことに気付いた。
ちょっと後ろめたい顔をしたアリエスに気付いたロッシュは、「如何がなさいましたか?」と、心配そうな顔で覗き込んだ。
「お掃除、テレーゼに丸投げしちゃった」
「ほっほっ、
「そうかな?」
「ええ、そうですとも」
アリエスに掃除させるなどとんでもないことだと言うロッシュに、「そういえば、ムーちゃんのトイレ掃除も私にはさせなかったもんな」と苦笑した彼女は、青年がいるであろう寝室へと向かった。
怪我が治っているとはいえ、まだしっかりとは歩けない元怪我人たちはフラつく身体を叱咤してアリエスのあとを追い、転びそうになるとハインリッヒたち男性陣が支えてくれた。
思考が鈍る頭の中にあるのは、仲間に託して逃がした青年の無事だけで、アリエスたちが何者なのか考える余裕もなかった彼らだが、彼女を甘やかす態度を見せるロッシュとハインリッヒ、忠誠心MAXなクイユを見て、逆ハーレム系の冒険者パーティーだと勘違いしていた。
女性はアリエス以外にもクララとコメットが視界に入っていたのだが、クララが小柄であったため成人しているようには見えず子供にカウントしており、しかも態度がアリエスを優先しているのが分かるので余計に逆ハーレム系に見えたのだ。
だからといってそれを口にしないのだが、それは迂闊なことを言って揚げ足を取られることもある貴族社会に身を置いていたからだ。
彼らがただの冒険者であったならば、何も考えずにそんなことを口にして顰蹙を買っていただろう。
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