第三話 他の人


 ガストンたちが仕えている貴族家の当主から命じられたのは、ベッドで寝ている当主の甥っ子にあたる青年を連れて、ジオレリア王国へと逃げろ、というものだった。

ハルルエスタート王国を通して聖霊マリーナ・ブリリアント様に依頼すれば、青年が失った精霊眼を元に戻せる可能性が大いにあるため、担ぎ出される前に逃がせということだった。


 「だが、坊ちゃん青年の祖母が血筋でいえば王女様であったとしても、それは公表されていないんだ。ジオレリア王国側が受け入れてくれるかどうかは賭けでしかなかった」

「そんなあやふやな状態でよく行こうとしたな」

「根回しも出来ずにご当主様が急いだのは、恐らく坊ちゃんを担ぎ出そうとする者たちが現れたからだと思うんだ。襲撃犯は坊ちゃんを寄越せと言っていたんだが、王太后が失脚しているなら、第一王子を王位につけるよりも坊ちゃんの方が相応しいと主張してたよ」

「なるほど、『王太后が失脚した』ですか。つまり、既に国王は退位した、ということですね。そうでなければ王太后とは言わないでしょう。それに愛人の子を相応しいと言ったということは、ジオレリア王国王家の血を引いていることも知られている可能性がありますね」


 ガストンの話を聞いてロッシュは少し考え込むと、いつもポッケに控えているヤエちゃんに「彼にエントーマ王国を早急に探ってくれるように伝えてもらえますか?」と頼んだ。

お願いされたヤエちゃんはコクリと頷いた後、尻尾を円を描くようにして回したのだが、それはウェルリアムが了承したという合図である。


 そんな話をしていると、小さな呻き声が聞こえた。

ベッドで寝ていた青年の意識が戻ったのだ。


 「だ……れか、い……ケホっコホっ……」

「坊ちゃんっ!俺です、ガストンです。まずは水を飲んでください」


 ガストンはそっと青年を抱き起こすと少しずつ水を飲ませていった。

コップに2杯飲んだところで息をついた青年は、「ガストン以外に誰かいるよね?誰なの?ここは、どこ?」と、不安そうに尋ねた。


 「ガストン以外に何人かいるぞ。ここは、遺跡があった場所に建てられていた研究所だ。そんで、私はこの研究所の持ち主で、やって来たら血まみれだったから回復させた。とりあえず敵ではないぞ?」

「あっ、ごめんなさい。勝手に使ってしまったのでしょうか?ガストン、許可は貰っていたの?」

「いえ、無許可です。というか、彼女が持ち主だと今知りました」

「そうなの?ごめんなさい。僕に差し出せるものは……、ねぇ、ガストン。ガストン以外の人は?クロヴィスは?シャルルは?他の皆も無事なんだよね……?」

「クロヴィスは、まだ眠っていますが一命を取り留めました。シャルルも無事だそうです」


 ガストンの報告を受けた青年は、ここに来るまで一緒にいた人物たちの名前を一人一人あげていき、その度にガストンが「ここには、いません」と辛そうに返した。

シーツを握り締めた青年は、「こんなときでも……、目がない僕は涙を流せない。どうして彼らがこんな目に遭わなければならないの?何をしたっていうんだっ!」と、顔を覆って溢れ出す激情を押さえ込もうとしていた。


 そんな彼らを見たアリエスは、「交渉によって連れ帰るのではなく、襲って連れ去ろうとした時点でロクな連中ではねぇよな。襲撃を受けたのは、どの辺だ?」と尋ね、ガストンから得た情報をもとに捜索にあたらせることにした。

その様子を見てガストンは、彼女は単なる冒険者ではないのかもしれないと、認識を改めたのだった。


 アリエスは、寝室から出てディメンションルームを展開すると、コテージからメンバーを連れ出し、何が起こっていたのか簡単に説明し、テレーゼ、ゾラ、キートに怪我人の世話を頼み、ミストとブラッディ・ライアンには青年に寄り添ってやってほしいと頼んだ。

クリステールとビーネは、ジンユイの世話があるためコテージにて待機しており、何かあればヤエちゃんを経由してウェルリアムがやって来るので安心である。


 「欲深い自己中は本当に害悪でしかないねぇ。まあ、僕とパパたちのようにアリー様に出会えたのは幸運だと思うけど、失ったものを考えちゃうとそう思うことも難しいのかなー」

「でも、生きてさえいれば『よかった』と思える日が来るよ。失う辛さはライアンだって知ってるんだから」

「そうだね。パパに会えたことを思うと未来のことなんて誰にも分からないもんね」


 ミストに抱っこされて嬉しそうに微笑むブラッディ・ライアンは、相変わらず3歳児の大きさのままである。

大きくなるとミストに抱っこしてもらえないからという理由なのだが、既に成人男性ほどの姿になれるのをミストは知らない。


 メンバーを連れて寝室へ戻ったアリエスは青年に近づいて、「猫は大丈夫か?」と聞いた。

何故に突然、猫が大丈夫かと聞かれたのか分からない青年であったが、とりあえず大丈夫なのでそう答えた。


 「んじゃ、特別にムーちゃんを貸してやるから首に巻いてろ」

「え、首に巻くの?膝に乗せるんじゃなくて?」

「そうだぞ。まふっと首に巻くのが一番だ」

「そんなんだ。あぁ……、気持ちがいいねぇ……」


 幼い頃に命を狙われた青年の顔は上半分がただれ、顎にも深い傷跡があり、ひきつれて歪になっている。

頬を緩めていてもその顔は到底リラックスしているようには見えなかったのだが、ガストンには伝わっていた。


 アリエスは、「ムーちゃんは、ただの猫だから安心しろ」と言い、テレーゼたちに世話を頼んであるから遠慮するなと部屋をあとにしたのだった。

 


 

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