第二話 厄介な話
研究所であった建物から出てきたのは山賊のようなオッサンで、彼は大きなハルバードを杖代わりにしていた。
口を開こうとして「ゴフっ……」と血を吐き出し、その場に崩れ落ちそうになるのをどうにか堪えている状態である。
その姿を見てハインリッヒは、「ん?……まさか、シャルルか?おいっ、シャルルしっかりしろっ!!」と警戒はしつつ近寄った。
そばまで来たハインリッヒに彼は「た、のむ……、ぼっ、んを……」と言葉を残して崩れ落ちたので、アリエスはクララに回復するように指示を出した。
鑑定して虫の息ではあるが生きていることが分かったのと、彼の意識がなくなっているため、こちらへ何もしてこられないと判断したからであった。
建物の中に入ると濃厚な血の臭いが立ち込めており、死人がいることも覚悟で中を見て回ることにしたのだが、こういった場合はハインリッヒとロッシュの方が得意なため、彼らの指示に従うことにした。
研究所にはキッチンや寝室、トイレも完備されており、人の気配は寝室の方からしていた。
ハインリッヒが慎重に扉を開けると、ベッドに寝かされた青年を守るようにして護衛らしき人物が二人倒れており、片方は意識がなかった。
「回復するが暴れんなよ?まあ、暴れてもブッ飛ばすだけだが」
「アリー、意識のある方はシャルルの相方で、ガストンだ。ガストン、俺たちはお前らに危害を加えるつもりはねぇから安心しろ。ただ、助けたからには何があったのか説明してもらうからな」
微かに頷いたガストンを見てアリエスはクララに回復させたのだが、どう見てもシャルルとガストンの名前は逆じゃね?と、しょーもないことを考えていた。
ガストンは華奢で血やホコリで汚れていなければ髪もサラサラであっただろうことが窺える見た目をしており、優男風であったからだ。
クララによって回復が施された後、ロッシュの提案で意識のあったガストンには飲み物と消化の良いものが提供されたが、彼は出された水だけを飲み、あとはベッドに寝かされている青年が起きるまで口にしないと言った。
それを聞いたアリエスは眉間にシワを寄せて、「護衛が万全じゃねぇと守るもんも守れねぇぞ。ちゃんと食わねぇと胃に直接流し込むぞ」とチューブを取り出した。
「アリエス様、胃に穴を開ければ良いのですか?」
「は……?えっ、クララ、何の話だよ」
「胃に直接流し込む、と……」
「口からチューブで胃に直接って意味だよ!!胃に穴って、そんな怖ぇことしねぇわ!!」
「そういうことでしたか。ガストンといいましたか?アリエス様を煩わせないでください。さっさと食べて」
クララに促されて流動食のようなスープを飲み始めたガストンは、そのあまりの美味しさにあっという間に飲み干してしまい、少し名残惜しそうに器を見ていたのだった。
ひと息ついたガストンは、シャルルはどうしたのかと尋ね、彼も既に回復させてあると知って安堵の息をついた。
喋る体力がありそうなので何があったのか話せとアリエスに言われたガストンは、彼女ではなくハインリッヒへと視線を向けた。
「ハインリッヒ、ミスリルランクのお前を差し置いて前に出ることを何故許している?どう見てもお前よりランクは下だろう?」
「ランクは下でも俺はアリー率いるパーティー"ギベオン"の一員だからな。リーダーを立てるのは当然だろう?」
「ロシナンテを抜けたというのは本当だったんだな……。てことは、こちらのお嬢さんがロシナンテから精鋭を引き抜いたっていう噂の人物か」
「は?噂って何だよ?ていうか引き抜きなんてしてねぇし。……ロシナンテを抜けて一緒に活動してんのってハインリッヒさんだけじゃね?クリスは冒険者辞めてるし」
「何を言っている?他に何人も抜けたと聞いたぞ?……一緒じゃないのか?」
疑問符を飛ばして首を傾げるガストンにハインリッヒは、クリストフことクリステールの身に起きたこと、チェーロとハンナのことを話して聞かせ、それ以外のメンバーのことは知らないと語った。
ハインリッヒの話を聞いてガストンは「そうか……。念願が叶ったんだな」と、嬉しそうに笑ったあと、何があったのか話し始めた。
シャルルとガストンは、ダンジョン都市ドリミアで腕を上げた後は、エントーマ王国にて活動しており、そこで何度か仕事の依頼を受けたことがある貴族から、護衛として雇いたいという話を持ち掛けられ、それを了承したことで今は冒険者ではなくその貴族家で兵士として仕えている。
その貴族家の先代夫人というのは、ジオレリア王国国王であった人物が秘密裏に関係を持っていた女性との間にできた娘で、周囲にそのことが知られないように遠いエントーマ王国の貴族へと隠れるようにして嫁ぎ、そこで子宝にも恵まれ幸せな人生を送っていた。
話がそこで終わっていれば「めでたしめでたし」なのだが、人の営みには続きがある。
ハルルエスタート王国の王家に聖属性と闇属性が受け継がれているように、エントーマ王国にも受け継がれている瞳の特徴があった。
それは、輝くような銀の瞳に紫、青、緑の虹彩が入っている、というもので、その瞳は精霊眼と呼ばれ精霊に好かれやすいという特徴があるのだ。
王位継承権はそれを持った男児が優先されるのだが、王子でその瞳を持っているのはソレルエスターテ帝国から嫁いできた王妃が産んだ第一王子と、愛人が産んだ男児だけであった。
どうしても
その狙われた男児というのがベッドで寝ている青年で、彼の祖母はジオレリア王国の国王であった人物を父に持つ。
つまり、隠れるようにして嫁いでいったジオレリア王国国王の庶子が産んだ娘が、エントーマ王国国王の愛人だったというのだ。
それを聞いたアリエスは、「思いっきり厄介事じゃねぇかよ」とボヤいたのだった。
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