9 転機
第一話 村の名前
結婚式を終え、仲間の新たな門出を祝ったアリエスたちは、宿屋で働く者を残して調査村へとウェルリアムの転移で戻ってきたのだが、既にダームは聖霊マリーナ・ブリリアント様と共に王都へ、ルナールはレベッカのもとへと送り届けられている。
遺跡がなくなったので調査村と呼ぶのもおかしいのだが、領主となったアリエスがまだ名を付けていないのでそう呼ぶしかない。
ミーテレーノ伯爵領にて始めた宿屋の名前は、経営者となるフリードリヒに丸投げしたので決めずに済んだが、村の名前を他の人に任せるわけにはいかなかった。
そんなアリエスは、またしても辞書と睨めっこしており、それを微笑ましく見守るロッシュはそっとテーブルにお茶を置いた。
「ん、ありがと、ロッシュ」
「どういたしまして」
「なぁ、村の名前って、皆どうやって決めてんだろうな」
「そうでございますねぇ、最初は開拓地から始まりまして、そこから税収が見込めるようになって初めて『村』となります。ですので、村の名前は褒美の一環として開拓地のリーダーの名前になることが多いですね」
「なるほど。……んじゃ、クラウス村でいいな」
調査村は、遺跡を調査するための拠点として作られた村なので、維持費は国から出ていた。
しかし、そんなことがいつまで続くか分からないと、アリエスの祖父クラウスは男爵として国から貰えるお金で開拓を進めていたのだ。
手始めに自分たちの食い扶持を村内に畑を作ることで賄い、村の外の畑では魔物が嫌がる薬草を育て始めたのだが、最初は大赤字であった。
育てるのが難しく、上手くいっても収穫できるようになるまでに5年ほど掛かるため、黒字になったのは30年近く経ってからであった。
その間、クラウスの収入とアリエスの母アデリナが王宮でメイドになってからは、その仕送りが村の生活を支えていた。
そのお金があったからこそ伯父ヘルマンの末息子マルクスは学園に通うことが出来たのだ。
アリエスは王宮の離れで育てられたため衣食住に困ることはなく、ある程度の教育も受けられたので、母親が手にしたお金のほとんどを実家に送っていたことに思うことはなかった。
心苦しく思うのならば、村のために頑張ってくれたらそれで良いといったところである。
アリエスが領主となるまで調査村改め、クラウス村で一番位が高かったのは男爵家当主である祖父クラウスであった。
そのため村内で一番立地の良いところに彼の家が建てられているのだが、アリエスが領主となったため、そこを明け渡さなければならないのでは、という話が出ていた。
それを耳にしたアリエスは、孫娘とはいえいきなりやって来て領主になったのだから、そこをどけ。というのは、やりたくないと嫌そうな顔をした。
「せっかく子供や孫たちが建ててくれたんだから、そんなこと出来ねぇよ。それに村人との距離が近いしヤダ」
「だよなぁ。田舎の、それも領地ナシの男爵家としては立派な家だけど、隣近所との距離が近いよな。騎士爵でしかない俺らの実家でさえ近所ともう少し離れてたぞ」
「まあ、見知った顔ばっかりで村人みんな家族、みたいな感じなんだろうから、じいちゃん達はそれで良いんだろうけどな。あ、そうだ、あそこで良くね?遺跡があった場所」
アリエスの案に「あぁー……」となる面々。
ほどよく村から離れている上に遺跡を木っ端微塵にしたのでキレイに更地になっているのだ。
遺跡があった場所までならば道もついているし、祖父クラウスでも問題なく来られるため、そうしようとなったアリエスたちは、さっそく遺跡があった場所まで行くことにしたのだった。
ぽっかりとひらけた場所の横には、ぽつりと佇む古びた研究所。
研究員も高齢化しており、そのほとんどが亡くなるかエドのように宿泊施設にて余生を過ごしているため、そこは既に無人であるはずだった。
そう、そのはずなのに研究所から人の気配がすると、ハインリッヒは言うのだ。
「研究員か?」
「いや……、弱い気配……、重傷と重篤な状態か……」
「それって、どう違うんだよ」
「アリー……。ま、まあ良いか。それよりも中にいるヤツをどうするかだな」
「どうするって、怪我してんなら助けてやる……、ん?犯罪者の可能性もあるのか」
「そういうこった。かなり警戒されてっから、その可能性があるな。深手を負っているが手練も混じってるか?」
「どうすっかな、めんどくせぇー……。犯罪者なら、ここからブッパして消し炭にするんだけどなぁ……」
それほど危険ではないこの森で、深手を負っている。
つまり、お尋ね者か追っ手がかけられているかで、犯罪者ではない場合は高確率で面倒事である。
どちらにしてもヤケになられては面倒なので、ハインリッヒが名乗りを上げて出てくるように促した。
「建物の中にいるのは分かっている!俺は、ミスリルランク冒険者ハインリッヒだ!!さっさと出てこない場合は、建物ごと消し飛ばす!!速やかに出て来いっ!!」
「重傷者に速やかにって無理くね?ていうか、正当な主張なのに悪者感がすげぇ」
「アリー、笑いそうになるから勘弁してくれ……」
建物の中にいる者たちが何かをしてきても対応できるように警戒したまま待っていると、ゆっくりと扉が開いて中から出てきたのは、どう見ても山賊のようなオッサンであった。
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