第七話 ケーキ

 どう見てもこの人数で食べきれないほどの料理と、そびえ立つ3段重ねの特大ウェディングケーキに驚く参加者たち。

本来ならばドレスを着たままケーキ入刀をするのだが、汚したら嫌だからと言って着替えてから行なうことになったのだ。


 ケーキ入刀を終えてのお約束、新婦が新郎の口に入りきらないほどすくったケーキをねじ込むイベントも温かな笑いに包まれながら行われ、フリードリヒとゾラは服を汚し、ルシオは喉を詰まらせた。

それを見て慌てるのではなく笑うグレーテルが可愛いと思うルシオは末期だろう。


 新郎新婦がケーキを食べ終えるまで、クイユとクリステールの娘ジンユイを抱っこしていたコメットとキートも目を輝かせて喜んでおり、二人して自分たちの結婚式もこんな風に賑やかなものに出来たら良いねと微笑みあっていた。

結局、他に目を向けることなくお互いを意識したまま成長したのだが、二人のスタートは淡い初恋から進化していった関係なので、他の人がつけ入る隙はなかったりする。


 生まれて間もない新生児をそこそこの人数の中に投入しても良いものなのか悩んだアリエスは、参加者全員を入念に洗浄魔法で丸洗いしたのだが、それを元奴隷組は懐かしいと言って笑い、あれから随分と経ったものだと感慨深く思っていた。


 ちなみに、アリエスがあまりにも気にするものだから、聖霊マリーナ・ブリリアント様はジンユイの周りに結界を張ってくれたので安心である。


 クリステールが41歳で初産という少々危ない橋を渡ったのだが、それを見てハインリッヒたちの両親はグレーテルに「クリスが大丈夫だったからといって、あなたも大丈夫だという保証はないのだから、十分に気をつけるように」と言った。

それを聞いてグレーテルは寂しさを出さないように「クリスは別なのよー」と、キャラキャラと笑った。


 「あのね、アリーちゃんから聞いたんだけど、クリスって女体化の魔道具を使ったじゃない?だから、赤ちゃんが出来る器官もまっさらの状態なんだって。だから、同じ40代の初産でも私ほどのリスクはなかったらしいわよ?」

「そ、そうなのか?」

「そうなの、お父様。私が妊娠したら母子どちらかを選ぶ、みたいなことになるかもしれないけど、クリスならもう一人くらい産めるんじゃないかしら?」


 グレーテルと彼女たちの父親がそういう話をしていると、一家の長男であるハインリッヒはアリエスへと聞きに行った。


 「なぁ、アリー。グレーテルが妊娠したら危ないのか?」

「危ねぇだろうな。今まで実家を支えるために無理な生活もしてただろうし、ここで初産となると体力すげぇ持っていかれると思うぞ?」

「クララがいても危ないか?」

「クララじゃ、ちょっと無理かもな。まあ、マリーナ様に頼めば大丈夫だろ。グレーテルに子供を望むんなら万全の体制を調えてやるから安心しろって伝えておいて」

「わかった。ありがとうな、アリー」

「いいってことよ。ハインリッヒおじちゃんの妹だからね。特別だよ」

「ぐふっ。……もう『おじちゃんって歳じゃねぇよ!』とか言えねぇ歳になったよなぁ」


 ハインリッヒのボヤきにケラケラ笑うアリエス。

そんな彼女に恋人が出来ようものなら「俺の屍を越えてゆけ」と言うつもりでいるのだが、それを言い出す人物があと二人ほどいる。ロッシュと父ちゃんである。勝てる者などいないだろう。


 カクテルグラスに入れられたケーキを食べつつシャンパンを飲んでいるアリエスのもとへウェルリアムがやって来た。

その彼の手にも同じカクテルグラスに入ったケーキがあり、「これだけ大きな3段重ねのウェディングケーキがあるのに、どうしてコレまで買ったんですか?」と、苦笑している。


 「何か、たまに食いたくなるんだよな。姉ちゃんがスーパーで買ってきてくれたんだけど、私が取り分けないでスプーンで直接食べてみたいって言ってさ。兄ちゃんと姉ちゃんと私の3人でスプーンでつつきながら食べてて。その後も何回か買ってきたんだけど、結局、取り分けたことって一度もないんだよなぁ」

「えっ、直接食べて残ったらどうするんですか?」

「ん?一回で食べきれるぞ?」

「いやいやいや!これ、コストクの2000円前後のでっかいケーキですよね!?これ、3人で食べたんですか!!?」

「そうそう。そんな驚くことか?昼食代わりにケーキって楽しくね?」

「いや、楽しいですけど……」


 ウェルリアムの前世は施設育ちの貧乏苦学生だったため、コストクの大人数用のケーキをそういう苦学生たちとお金を出し合って「皆で誕生日ケーキ」と言って食べていた。

年に一度、一年の真ん中ということで6月のどこかでそのケーキを買うのだが、何故「6月のどこか」なのかというと、そのケーキが売れ残って半額になっていなければ買えなかったからである。


 その話を聞いたアリエスは、「マジか……」と絶句してしまった。

ただでさえ安いケーキという認識なのに、それから更に半額になってから買うとかどんだけだよと思ったのだが、それくらい自分が恵まれていたのだと改めて実感したのだった。


 「何か、今世も恵まれてるわ」

「おかげさまで僕も何不自由なく過ごさせていただいています」

「言い出したらキリがねぇけど、幸せだと思えるラインって自分次第だよな」

「本当にそうですよね。母と妹と……今思えばドン底にいたあの時ですら自分を不幸だとは思っていませんでしたから。今は、もっと幸せですけれどね」

「ふふ、そうか。あ、リムの結婚式にも3段重ね用意してやろうか?」

「え、いいんですか!?……あ、でも、大変じゃありませんか?」

「ほら、あれ、知らねぇかな?マジパンとかいうので実物大のバイクとか虎とか模したケーキあるじゃん?あれを作ってみたいらしくてさ」

「あー、はいはい、ありましたねぇ、そんなケーキ。え?それを3段重ねるんですか……?」

「いや、分かんねぇけど。何か希望があれば聞くぞ?」


 作ってくれるのがテレーゼだと知って、彼女になら何を作ってもらっても美味しいことは間違いないし、おかしなデザインにもしないだろうと、「お任せします」とウェルリアムは答えた。


 しかし、この判断が後に誤りであったと知るのは、結婚式当日になるのであった。



 

 


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