第五話 倒れそうな

 完成した宿屋の1階には、受付とその後ろに従業員の休憩スペース、調理場が併設された広い食堂、個室トイレ、個室シャワー、個室風呂があるのだが、個室にしてあるのは丸腰の裸で他人と遭遇することを防ぐためである。

2階の客室は寝室のみで、3階の客室にはトイレと浴室がついており、こちらは一つ一つの部屋も広いため家族向けや大人数のパーティー向けに使うことも出来そうだと、フリードリヒは目を輝かせていた。


 兄のフリードリヒと一緒にウキウキと見て回っていたグレーテルは、「これだけイイ感じの宿だと満室でも構わずに貴族が泊めろって言ってきそうじゃない?」と、首を傾げた。


 「あー、そういう沸いて出たアホにも対応しないといけないのか」

「あっ、それならヤエを置いておきましょうか?そうすればアリエスさんも安心じゃないですか?」

「いいのか?」

「はい。色んなところにいるのが楽しいのと、美味しいもの目当てなので大丈夫です」


 何かあればすぐにヤエちゃんからウェルリアムへと伝えられ、アリエスを連れて転移することが出来るため、8体に分かれたうちの1体がフリードリヒと共に行動することになった。


 ヤエちゃんがいれば安心ではあるのだが、トラブルを未然に防ぐための措置として、王家の者が利用するという意味での看板「王家御用達」と、王族が利用するという意味での看板「王族御用達」の二つの看板を掲げておけば良いとロッシュから提案されたアリエスは、その二つの違いが分からなかった。


 「王家御用達というのは、菓子を例に取りますと、王家が催す会などに使用されるので、王族のみならず貴族や場合によっては平民の口にも入ります。これに対して王族御用達は、王族が使用するものに使われるのでございます」

「ん?あー、なるほど。王家御用達の看板がある店の菓子をお遣い物に使うことはあっても、王族が食べてるわけではないってことか。それに対して王族御用達の方は、王族が食べてるよっていう看板なのか」

「左様にございます」


 その二つ看板は王城にて作られているので、後日ウェルリアムが仕事のついでに注文して出来上がり次第、宿屋へと届けてくれることになったのだった。


 サラっと2階と3階を見て回ったメンバーは1階へと下りてきて、食堂に備え付けられている厨房を見ることにした。

ディメンションルームのコテージとこの宿屋を建てたのが地球の知識を取り入れたハンナなので、この世界ではお目にかかれないハイスペックな厨房となっているのだが、冷蔵庫と冷凍庫、コンロもブラッディ・ライアンがミストに教えながら作った最新式である。


 コテージの厨房よりも規模は大きくなっており、宿泊客が多くても対応できそうだとニヤつく顔が段々とだらしなくなってきたフリードリヒの顔を「よかったね!」と見上げるカルラの顔は幸せいっぱいだった。


 建物全体に使われている木材はほとんどが飴色で、壁は真っ白な漆喰が塗られているのだが、食堂に使われている木材はキャメル色の優しい落ち着いた色合いなので、温かな印象を受ける。


 食堂を見回したアリエスは、新築の良い匂いがすると頬を緩め、「んじゃ、やらかしますか!」と、結婚式の準備に取り掛かるように声をかけた。

アリーたんは結婚式が終わったら食堂のテーブルにインベントリからご馳走を出していくのが仕事である。


 結婚式は宿屋の食堂で行うのだが、奥の壁際には一段高くなるようにステージを置き、そこに祭壇を作り、その祭壇にはアリエスが成人したときに持たされた神像が置かれる。

貰ったときは白木の何の変哲もない神像であったが、今ではほんのり光っており、この輝きは第一王子が持っている神像の次に光っている。言わずもがな一番光っているのは国王ので、その次が王太子、第一王子と続く。


 アリエスの神像を見たロッシュは涙を滲ませて「ご立派になられて……」と感動しているのだが、知らない人が見れば彼女が結婚するように見えたことだろう。


 そうこうしているうちにウェルリアムによって次々に運ばれてくる参加者たち。

最初に運ばれてきたのは爵位を持っているハインリッヒたちの家族で、彼らの両親と長女ローザリンデ、三男ローデリックとその妻子で、次はハンナとチェーロ、バルトとアドリアとその子供である。


 ハインリッヒたちの家族はアリエスと正式に挨拶を交わしたのだが、ローデリックの息子は恐れ多いと言ってアリエスのことをエストレーラ侯爵様と呼ぶことにした。

いくら伯父であるハインリッヒが「アリー」と愛称で呼んでいても、自分まで馴れ馴れしく「アリエス様」などと名前で呼ぶことは出来なかったのだ。


 そして、最後に運ばれてきたのは、聖霊マリーナ・ブリリアント様なのだが、彼女が呼ばれたのは司祭の代わりである。

アリエスが「聖女やってたんなら、結婚の誓いにも立ち会えんじゃね?」とウェルリアムを通じて尋ねたところ、「やるやるー!」という軽い返事がきたための参加となった。


 自分たちの子供が聖霊マリーナ・ブリリアント様立ち会いのもと、結婚の宣誓をすると知って白目になったハインリッヒたちの両親。

しかも、聖霊マリーナ・ブリリアント様が結婚式の立ち会い人になるのは、これが初めてと知って卒倒しそうになったのだった。


 この世界初の人の身である聖女から聖霊に至ったマリーナ・ブリリアント様の初めてという貴重な唯一の機会なのだから、倒れたくもなるだろうな。


 


 

 


 

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