第四話 どんな宿?
午前中は宿屋の見学会、午後からは結婚式をして、その後は昼食を兼ねたパーティーを開催する予定となっているため、輸送要員であるウェルリアムも参加できる日を選んでいる。
見学会にはアリエスたちパーティーメンバー全員に加え、犯罪奴隷ではなく平民のままということになったラングも一緒である。
結婚式後は、宿屋組はそのまま宿屋を始めることになるし、ダームとルナールはウェルリアムの転移で王都へと運ばれることになっている。
宿屋の見学会が終わってから結婚式の参加者が転移で運ばれてくるのだが、参加者はハインリッヒたちの家族、バルトとアドリアとその二人の子供、ハンナとチェーロである。ハンナとチェーロの養子はアリエスが王女となったことと、メンバーたちと面識がないため置いてくることになっている。
ウェルリアムの転移でまずはミーテレーノ伯爵領へ入る手続きをしてから宿屋へと連れて行かれたアリエスは、「めんどいな。わざわざ門を通過しないとダメか?」と、少々不満げであった。
それを見てウェルリアムは、「後々何かあったときのために用心しているだけですよ。アリエスさんが領主となったので、一応は筋を通しておきませんと」と、苦笑したのだった。
「まあ、それは分からんでもねぇけどさぁ。やっぱ面倒だわ。リムは、大丈夫か?」
「何がですか?」
「貴族になったの」
「ああ。ふふっ、気にしてるんですか?僕が貴族になったことを。でも、そのおかげで血の繋がった母の祖父母に会うことも出来ましたし、何よりも母も妹も幸せそうですからね。感謝しかありませんよ」
「そっか。それなら良いんだけどな。嫌になったら言ってくれな?逃がしてやるから」
「ふふっ、はい、そのときはお願いしますね」
第一王女との婚約を命じられたウェルリアムは、相棒扱いをしてくれる国王から「嫌になれば言え。
前世の記憶があろうとも二人が親子なのだと窺い知れる言動を目にする度に、何故かほっこりするウェルリアムであった。
転移で連れてこられたミーテレーノ伯爵領は、以前とは比べ物にならないほど霧が晴れていた。
まとわりつく湿気も呼吸のし難さもなくなっているため、アリエスは「初めてここの景色見たわ」と、つぶやいた。
「あまりの湿気で魔物や獣も少なかったそうなんですが、霧が晴れたことでそれらの被害が増えてきたらしいですよ」
「マジか。病気になる可能性が減ったら、今度は魔物の被害かよ。痛し痒しだな」
「ええ、ですが、魔物や獣の被害であれば冒険者や兵士たちでどうにか出来ますからね。その辺は大丈夫でしょう。冒険者が増えたことで宿屋が足りなくなっているとのことで、簡易宿泊施設を建設中だという話です」
「へぇー、そうなのか。そういや、うちの宿屋って、どんなコンセプトなんだ?」
「アリエスさん……」
宿屋をやりたいというフリードリヒのために用意したので、アリエス自身にどういう感じの宿屋にするのか、という明確なものはなかった。
それを知ったウェルリアムは、残念なものを見る目を彼女に向けたのだった。
宿屋の外観は木造の三階建てで、照明用の魔道具が何個も設置されており、一般的な宿と違って窓は木の鎧戸ではなく、錬金術で作られた透明な樹脂ガラスが使われている。
樹脂ガラスは、とても丈夫で割れにくく、それでいて透明度が高いため、王侯貴族の邸に用いられることはあっても宿屋に使われることは、まず無い代物である。
「ハンナさんが、外観は銀山温泉を参考にしたそうですよ」
「そうなのか?」
「はい。夜になれば、その雰囲気が出ますよ」
「あー、はいはい、なるほど。そりゃ夜にならないと分からないわな」
玄関扉は夜には閉じられるが、日のあるうちは開放されたままになり、その扉は両側2枚ずつの引き戸になっている。
玄関の先は広々としたホールになっているが、受付カウンターはそれほどスペースを取っていなかったため、それを疑問に思ったアリエスがウェルリアムに尋ねたところ、「あちらの世界ほど受付カウンターでやる業務はないみたいですね」と返ってきた。
「僕はホテルに泊まったのが修学旅行くらいのもので、受付を利用したことはないのですが、アリエスさんは?」
「私も兄ちゃんと姉ちゃんに任せてたからなぁ。しかも、こっちの世界で宿屋を利用したときも人任せだったし」
「そうだったんですか。あちらの世界のホテルみたいに荷物を預かったり運んだりはせず、基本的に宿は寝るだけ、希望者には夕食と朝食を料金別で提供するような感じだそうで、それ以外のサービスがあるのは高級宿くらいとのことです」
「高級宿かぁ……。フリードリヒ、どうする?」
アリエスにどうするのかと聞かれて呆けていたフリードリヒは、兄のハインリッヒに頭をスパンっ!軽く
「は?え?どうするって?……は?」
「建物や資金は提供するが経営はしねぇからな?フリードリヒがやりたいようにやれば良いんだぞ?」
「やりたいようにって……。こんな……、こんなスゲェところで?アリエスちゃん、これ高級宿にしねぇと採算取れねぇぞ?」
「いや、別荘を宿屋として使ってると思えば採算なんて、そんなに考えなくても良くね?」
「あー、まあ、そうか。……俺なぁ、家族で安心して泊まれる宿をやりてぇなって思っててよ。そういう安心な宿屋って高ぇから、そこそこな値段で泊まれる家族向けのをやりたかったんだけど、それでも良いか?」
「おぅ、いいぜー。冒険者向けの安宿は勘弁な。清潔第一で!」
アリエスの清潔第一!という主張に深く頷く面々は、ディメンションルームでの生活に慣れてしまっているので、いつ洗ったのか分からない薄汚れたシーツに部屋の隅っこにはホコリが溜まり、虫やネズミなどが徘徊している一般的な宿屋暮らしには、もう二度と戻れなくなっているのだった。
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