第七話 冷や汗
クラウスの行動にキョトンとしているアリエス。
この場合、彼女が動かなければ先に進まないのだが、そこに思い至らないためロッシュが動いた。
「
「うん?うん、よろしく」
「ありがとうございます。テレーゼ、何があったのか説明しなさい」
「はい。料理の腕を見込まれて、こちらの二人に求婚されましたが、わたくしはアリエス様の専属メイドですので、お断りいたしました」
テレーゼの淡々とした説明に「へぇ、そうなんだ」と流そうとしたアリエスをよそにロッシュは、薄ら笑いを浮かべ、クラウスはブチ切れた。
「お前ら、こちらの女性がどういった立場におられるのか分かっていなかったのか?王女様の専属メイドに対して、
「お、お義父さんっ、私は止めたんだよ!?テレーゼさんはアリエスちゃんの専属メイドなんだからって。でも、この子ら聞こうとしなかったんだよ!」
「何故、ヘレナの言うことを無視した?お前たちには散々言って聞かせてきたはずだ。王侯貴族というものがどういうものなのかを。対応を間違えれば己だけではなく一族郎党、幼子など関係なく首が飛ぶ、と」
クラウスの言葉に「そんな……」と悲痛な声を漏らす若者たち。
年配の、ヘルマンやトビアスたちの弟妹たちはそれを分かっていたので、暴走する
めんどくさそうに頭をかくトビアスは、少し悔しそうに「はぁ、親父に加えて兄貴までいなかったのがなぁ。俺の言うことなんぞ聞きやしねぇ」と溜め息をついた。
クラウスの男爵位が一代限りであるとはいえ、彼の子供たちは男爵家の令息令嬢ではあった。
しかし、次世代のヘルマンたちからは平民になるため、王侯貴族が通う学園には行かなかったのだが、アデリナが国王の子、アリエスを産んだために世襲制へと格上げされた。
だが、そのとき跡取り息子である長男ヘルマンは、既にオッサンであった上に学園を卒業どころか通ってすらいなかったので、男爵家を継ぐ条件を満たせていなかった。
そのため、ヘルマンは当時5歳であった自身の末息子を学園に通わせて、跡取りとすることにしたのだ。
ありがたいことに調査村にはエドのように元は貴族であった者たちがいたため、彼らに学園に通わせるにあたって色々と教わることが出来たので、ヘルマンの末息子は無事に学園を卒業して、男爵位を継ぐ権利を得られた。
そのときに、ヘルマンの弟妹たちも一応、貴族に名を連ねているのだからと、王侯貴族について少し学んでいる。
男爵家当主であるクラウス、次期当主の父親となったヘルマン。そこへ田舎特有の父親と長男の絶対的な権力という背景が合わさって、長男のヘルマンの言うことは聞くが、次男のトビアスの言うことはおざなりにしか聞いてもらえないことが多く、今回も「はいはい」といった感じで流されてしまったのだと彼は言った。
溜め息をついたクラウスは、ロッシュへと視線を向けた。
アリエスに聞こうにもこの状況に飽きつつあるのが丸わかりだったのと、先程、彼に任せると言っていたからであった。
「本来ならば奴隷落ちにするか、切り捨てるところですが、テレーゼが平民であることと、室内で他者の目がなかったことを考慮して、今後一切、我らに関わらないということで手を打ちましょう」
「寛大なご処置、ありがとうございます」
そのやり取りを聞いて不服そうな顔をする求婚者二人。
それを見たアリエスはテレーゼに、「結婚する気あるか?」と聞いた。
「アリエス様が望まれるのであればいたしますが、わたくし個人の意見としましては、否でございます」
「そっか。ということだから諦めろ。この話は、これでおしまい!ご飯にしよーぜー」
アリエスがご飯にすると言ったことで昼食の準備が進められて行くのだが、彼女が誰にも挨拶しないので、クラウス、ヘルマン、トビアス夫妻以外は声をかけられないでいる。
そこへヘルマンが「アリー、こいつが俺の嫁さんのチェリだ」と紹介したのだが、そこへ彼の後頭部をスパンっ!と叩く人物がいた。
「いって!何すんだよ」
「何、ではありませんよ、父上。目下の者から自己紹介をするなど、あってはならないことです。お祖父様の話を聞いておられましたか?」
「えぇー、いいじゃねぇかよ」
「それを許してしまうと、そこの愚か者のようにつけあがって勘違いする者が出てきますので、お控えください」
人懐っこそうな顔立ちに笑みを浮かべてヘルマンの頭を叩いたのは、彼の末息子だった。
学園を卒業しているため、はっきり言ってこの状況には胃に穴が開きそうな思いをしている。
アリエスは畏まった態度を苦手としているが、だからといって懐に入れていない人から馴れ馴れしくされるのは嫌いなのである。
しかし、ヘルマンのことは懐に入れているので、彼の行動に不満を持ってはいないが、そんなことを末息子が知るはずもないので冷や汗びっしょりになっている。
「この人、ヘルマン伯父さんの息子?」
「そうそう、末息子。親父の跡を継ぐのコイツなんだよ」
「そうなのか。はじめまして、アリエスだ。貴族としての名はヴァレンティア・サラ・エストレーラ侯爵だぞ」
「はじめまして、エストレーラ侯爵閣下。ご挨拶が叶いましたこと恐悦至極に存じます。ヘルマンの息子でマルクスと申します」
「うん、よろしく。んで、そっちがお母さんのチェリさんだっけ?」
「ええ、はじめまして、アリエスちゃん。ヘルマンの妻チェリと申します。ふふっ、アデリナちゃんの好物を作ったのよ?たくさん食べてね?」
「ありがとう!遠慮なく頂きます!」
何だかんだとアリエスに慣れたトビアスの妻ヘレナと、天然気味なヘルマンの妻であるおっとり系おばあちゃんなチェリは、アデリナの思い出話をアリエスに聞かせながらのランチタイムとなった。
エドは昼食を一緒に取りながら、クラウスとトビアスの二人と共にアリエスがどういった立場の人物なのか、ここにいる者たちへ説明していた。
はっきり言ってしまえば、アリエスの気分次第で平民の首など簡単に飛ぶのだ。
そんなことをしないとは、泥棒を捕まえたときのアリエスの激高ぶりを見ていると言えないクラウス。
「見ていると腹が立つという理由で遺跡を木っ端微塵にしたのだ。しかも、ほんの30分にも満たない時間で国王陛下からの許可を得てな」
「あれには私も驚いたわい。長生きはしてみるもんじゃ、のぅ?クラウスよ」
「そうだな。我が孫娘ながら背筋が凍る思いをしたぞ」
遺跡を木っ端微塵にしたいというアリエスの要望を叶えるために、彼女に調査村と遺跡を含む周辺の森が領地として与えられたのだと言われた親戚たち。
そんな恐ろしい話は先にしておいてくれ!!と内心で叫んだのも無理はないが、遺跡へ行った短時間に起きたことなので、どうしようもないことであった。
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