第五話 領主になっての初仕事
いつもの快活なアリエスに戻ったが、そこに微かな棘のようなものがないことに気付いたのは、ロッシュとハインリッヒ、そしてウェルリアムだけであった。
アリエスが前世を思い出したのは母親の死が切っ掛けであったため、彼女は今世のアンネリーゼと前世の仁が完全に混ざり合わず、一部が分離しているような状態だったのだ。
そこへ死んだときの記憶を守護神が封印したため、時間が経っても馴染まずそのままになっていた。
しかし、守護神が加護を与えたときに、それが上手く混ざり合うように少し力を加えたため、一匹狼のヤンキーみたいなトゲトゲしさがやっと消えたのだ。長い反抗期だったな。
母親の死の真相を知って不安定になっていたため、このままでは心労でおかしくなっていた可能性があり、加護を与えることで調整ができて守護神は額の汗を拭っている。
そんなこんなで領主となった新生アリエスは、今後のことを話し合う前に遺跡へと向かった。
目的は遺跡を見に来たことなので、優先順位はそちらなのだ。
人の顔が掘られた遺跡を見てアリエスは、「何か、腹立つ顔してんなぁー。神様ってわけじゃねぇんだろうけど、何なんだろうな?」と、眉間にシワを寄せていた。
それを聞いたウェルリアムも「そうですね。神様とは違うような気がします」と答えた。
そんな二人のやり取りに研究者エドは、不思議な顔をして言った。
「なんぞ、神様にでも
「いや、さっき会ってきたぞ?だから、あの瓶を処分したんじゃないか」
「なんとっ!!?神様直々の処分とな!?あれは、それほどまでに危険な代物じゃったのか?」
「神の領域に手を出した愚か者の品だよ。あれ、試したの男だけか?」
「は、はい。研究者は男ばかりじゃったもんで、試したのは男だけじゃったのぅ」
「そっか。まあ、真相を語るつもりはないよ。神の領域だからな。処分を言い渡されたのは、あの瓶だけだったから、あとの物は作ったとしても怒られはしないんだろうけど……。もしかして、この遺跡の顔って、愚か者のトップとかじゃねぇよな?だから、腹立つ顔に見えんのかな?」
そう言ったアリエスは、据わった目をしたままウェルリアムの方を向くと、「消し飛ばしてもいいかな?」と言い出した。
さすがに、そんなことを聞かれて「いいんじゃない?」などと無責任なことを言えない彼は、慌ててアリエスに待つように言うと、転移で飛んで行ったのだった。
それほど待つこともなく戻ってきたウェルリアムは、少々ゲッソリしているものの、「好きなようにして良いとのことです。守護神様から破壊したければどうぞ、と。元は神によって消滅させられた残骸なのだから構わないそうですよ」と言って、あとでテレーゼさんのお手製をお願いしますねと笑ったのだった。
母親の死や、気にしていなかったように思えて少々イラっときていた「離れ育ち」という見下された視線や嘲笑の憂さ晴らしを始めたアリエスは、ルナールに周囲へ音が漏れないようにしてもらってから、氷魔法でガトリング砲を放ちまくって遺跡を破壊していった。
それを呆然と見るしかない研究者エドは、過去の叡智に触れていたのではなく、禁忌に触れていたのだと、改めて実感したのだった。
瓦礫の山と化した遺跡を満足気に見たアリエスは、ちょっとしょんぼりして眉を下げて、「クララ、ごめんな。せっかく嬉しそうにしてたのに」と、謝った。
「いいえ!このようなものは残しておくわけにはいきません!アンコールワットとは似ても似つかない愚物ですっ!!破壊して当然ですので問題ありませんよ、アリエス様」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、調査村の人たちに何も言わずにやったけど怒られないかな?」
「大丈夫ですよ、
アリエス全肯定派のロッシュは彼女が何をしても肯定してしまうのだが、それを真に受けて「それもそうだな」と納得してしまったアリーたん。
そんな彼女の認識をどうにか出来そうな祖父クラウスは、未だに放心していた。「うちの孫娘の魔法がとんでもねぇ……」と。
実は、この遺跡には隠された秘密があったのを誰も知らなかった。
文章にして紙に残してもいずれ劣化して読めなくなることを想定して、オーブの作り方を頑丈な鉱物にレリーフのように刻み、保存の魔法をかけたのだ。
いつか、再びこの世に生を受けたときに劣化版ではなく完全版のオーブを作り上げるために、その複雑な工程を建造物にして残したのだが、前世の記憶を思い出せる可能性など未知数であるにもかかわらず、それに賭けた愚か者たちの中に、そこへ至れた者が一人いた。
その記憶を頼りに遺跡となった自分たちの叡智の塊である建物へと向かったのだ。
だが、その叡智がまたしても神の使命を受けた者によって破壊し尽くされ、それを森の木陰に隠れて呆然と見守るしかできないでいる愚か者に気付く者は、誰もいなかった。
いくつかの工程や材料は覚えていても一人で作っていたわけではないため、遺跡に刻まれた作り方が跡形もなく粉砕されてしまえば、もうどうしようもない。
呆然となり抜け殻となった愚か者の前世を持った人物は、ふらふらとその場をあとにしたのだった。
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