第十話 そうだったのか
アリエスが王女であり侯爵家当主であることがやっと理解出来て黙ったレニだったが、それほど反省しているようでもなく、沈痛さもなかった。
そのことに気付いたアリエスの祖父クラウスは、「何をどう言われようと、誰に頼まれようと、儂にはどうすることも出来ん。そのことを頭に入れておくんだな」と言った。
そう言われて訝しげな顔をクラウスに向けたレニは、「どういうこと?クラウスおじさんだって貴族じゃない。何とかしてよ!」と訴えたが、それを聞いてトビアスの妻が怒った。
「あんた、いい加減にしなさいよ!!無礼なことをしたのは、あんた自身じゃない!それをお義父さんに押し付けないでちょうだい!だいたいね、昔から気に入らなかったのよ。王都に行ったことがあるからって何だっていうの?いつまでも昔のこと自慢しちゃってさ。私、知ってるのよ?男爵家のご令嬢になってたのは自分だったはずなのにって、あんたがよく言ってるのを!!」
「だって、そうじゃない!!くじで決めたのよ!?だったら私の父さんが男爵でも良かったじゃないのよ!!」
アデリナが持つ男爵家令嬢という肩書き。
それに憧れていたレニが王都へ行ったのは、貴族に見初められれば自分も貴族になれると思ったからだったが、現実はそんなに甘いものではなかった。
平民の、ましてや田舎娘を相手にするのは少し裕福な商家の息子くらいなものだが、教養のないレニには声すらかからなかった。
そんなレニにクラウスは感情を押し殺した声で「レニ……。お前は何も分かっとらん」と言った。
「男爵になる、爵位を賜わるということは、国王陛下にお会いするということだ。礼儀も知らぬ田舎者の冒険者が行って無事に帰って来られる保証なんぞどこにもない。だからこそ、『恨みっこ無し』でくじで決めたのだ。誰が死んでも文句は言わん、とな。儂が咎められることもなく無事に帰って来られたのは運が良かったに過ぎん。もしかしたら男爵になるどころか知らぬうちに粗相をして首が飛んでおったかもしれんのだから」
「そんな……」
男爵となることを押し付けあっていた理由を知って愕然となるレニにクラウスは、男爵となったことで支給されるお金を全てこの村のために使っていることも付け加えた。
「うそ……でしょ?だったら家の建て替えや新築の費用はどこから出てるっていうのよ!?」
「儂には、ありがたいことに子供と孫がたくさんいる。その子供や孫たちは生活費を浮かせるために固まって暮らし、少しでも多く貯金していた。その金で儂に少しでも男爵らしい家をと言って建ててくれたのだ。男爵として得た金は使っておらん」
「…………。それでも、アデリナが男爵家のお嬢様だったから王宮でメイドになれたんでしょ!?私が男爵の娘だったら私がメイドになれていたのに!!」
レニのその言葉を聞いて反応したのは、テレーゼだった。
普段から無表情無口な彼女が誰かの会話に割って入るなんてことは、まず無いので、アリエスたちは驚いていた。
「レニ、といいましたか。あなたは、洗浄魔法が使えるの?」
「は?何よ、いきなり。使えるわけないでしょ?」
「それならば王宮でメイドになるのは不可能です。王宮のメイドは行儀見習いの若い貴族令嬢がほとんどで、紹介状がなければ採用されることはありません。唯一の例外が洗浄魔法が使えることです。そして、あなたのように礼儀作法が出来ていない者は絶対に採用されません」
「なっ!?なんですって偉そうに、小娘が!!」
テレーゼに向かって彼女を口汚く罵ったレニは詰んだ。
出会い頭に見下され、母親を馬鹿にされ、姉のように慕っているテレーゼまでをも侮辱されたのだ。アリエスがキレないわけがない。
スン……っと表情を消したアリエスは、「やめた。酌量の余地なし。命乞いも聞かないから」と言って殺気をレニに当てた。
ダンジョンにアクティビティ感覚で遊びに行くアリエスの殺気を受けてレニは失神した。水溜まりを作って。
直接当てられたわけではないがラングも余波を受けてガクブルしているが、話し合いに彼の意見は必要ないと判断したアリエスによって、とりあえず放置されている。
「アリー、どうすんだ?」
「どうすっかな。ていうか、ハインリッヒさん、ゴメンな。大丈夫だったか?」
「おう、俺に被害はねぇぞ。歳食ったとはいえ、そこまで衰えちゃいねぇよ」
「さすがはミスリルランクのハインリッヒさんです。アリエス様の殺気には無反応でしたね」
「いや、クイユ。しょんべんの話だぞ?」
「は?しょん?」
「アイツ漏らしやがったからな。まあ、余裕で避けたけど」
アリエスから「そういうこった。物騒な思考してんなー」と、つんつんウリウリされたクイユは頬を少し赤くして照れたのだった。
先程までの「貴族です!」といった雰囲気から、急にどこにでもいるような冒険者に様変わりしたアリエスをポカンと見上げたラングだったが、迫り来る波に気付いてジリジリと移動を始めた。床に染み込む前に掃除した方がいいのだろうが、既にラングにとってレニの存在自体が汚物と化してしまっているので触りたくないのだ。
王女モードに疲れたアリエスは、ちょこっとふざけていつもの調子を取り戻すと、どうすれば良いかロッシュに尋ねた。
「そうでございますね。王国法を用いた場合、極刑です。侯爵家の当主が名乗って挨拶をしているにもかかわらず、それを平民が無視したのですから、当然そうなります。あと一族をどこまで処刑して、どこからを犯罪奴隷とするかは当事者、今回の場合ですと
「わぁお。挨拶無視しただけで首飛んじゃうのか。どうすっかな、マジで。んー、ねぇ、コイツって村ではどういう感じなの?」
アリエスの問い掛けに答えたのはトビアスの妻だった。
「はっきり言って、皆あまり良くは思ってないよ。王都へ行ったことがあるってのが自慢らしくてさ。この前なんかも、街へ嫁いで行った娘を持つ友達がさ、『娘からの贈り物なの』って髪飾りを見せてくれたのよ。それをコイツったら、田舎臭いだの、王都にはもっと素敵なものがあったとか言うもんだから、その友達家に帰ってから泣いてたって話よ?娘さんがせっかく贈ってくれた物なのに。そんなことばっかりだから、ここの子供たちは一人残らず村を出て行ったのよ」
「えっ、そうなの!?レニのせいだったのか!?」
「いや、何であんたが驚いてんのよ……」
ラングの驚きに疲れたようにツッコミを入れるトビアスの妻。
そんなやり取りを見たアリエスは、「んじゃ、コイツがいなくなっても、あんまり困らなさそうだな」と結論付け、どうするのか決めたのだった。
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