第九話 後になってから
母アデリナの幼馴染が無礼を働いたことをお咎め無しで許すわけにはいかない。
だからといって、当事者であるアリエスが直接乗り込むのは貴族としては威厳がないとされているのだが、ここには冒険者として来ているので、それほど問題にはならないだろうということになった。
話をつけに行くために祖父クラウス、ヘルマン、トビアス夫妻がついて来ており、冒険者スタイルとはいえ貴族然としたアリエスの周りにはロッシュとテレーゼ、ハインリッヒに加えてクイユもいる。
クイユの妻であるクリステールが臨月であるため、そばを離れるなとアリエスに言われて先程まで妻と一緒にいた彼だったが、アリエスが馬鹿にされたとあっては黙っていられない。
クリステールも自身に陣痛が来ようが出産に入ろうが、アリエスのことが片付くまで戻って来るなと言って待機していた宿屋から送り出したのだった。
至って普通の見た目通りな平民の家へと着くと、中から癇癪を起こす声と騒音が聞こえたため、一応クラウスがノックしたが反応はなかったので、勝手に入ることにした。
物が散乱し、中には割れてしまった何かがあったりと、そこそこ酷い状態だった。
クラウスたちが入ってきたことに気付いた家人は、「あ!いいところに来てくれた、クラウスさん!急にレニが癇癪起こして手がつけられないんだよ。どうにかしてくれ!」と、助けを求めてきた。
それに気付いた癇癪を起こしていた件の幼馴染ことレニは、顔を歪めて「人の家に勝手に入ってくるんじゃないわよ!!」と、更にブチ切れたのだが、アリエスの「捕らえよ」という一言で即座にハインリッヒが動いて拘束した。
ハインリッヒは子爵家子息、つまり彼も一応貴族にはなるので、この場で拘束する権利を持つ。
レニが急に捕縛されたことに驚きつつも助けを求めていた彼女の夫は、「はぁ、助かった。ありがとな」と胸を撫で下ろしたのだが、女房が捕縛されたのに安堵の表情を浮かべる彼にアリエスは困惑するしかなかった。
「まったく。何があったのか知らないけどさぁ、周りに当たるのは止めてほしいよ。あーあ、これなんて子供たちが小さい頃に作ってくれた物なのに。独り立ちしていなくなってるから余計に大事に飾ってたんだよ?それをこんなふうにブツけて壊しちゃうなんて。母親としてどうかと思うよ、ホントに」
「あ、あんた!私が押さえ付けられてるってのに物の心配なの!?私の心配しなさいよ!!」
「だって離したら、また暴れるんでしょう?ヤダよ。どなたか知りませんが、そのままお願いしますね」
マイペースなレニの夫に呆気に取られるアリエスであったが、通常通りなのかクラウスたちが困惑した様子はなかった。
倒れた椅子や散乱した物をサッと片付けたレニの夫ラングは、「助かったけど、何か用があって来たのかな?それともレニを止めに入っただけ?」と、首を傾げて尋ねてきたので、ことの経緯を話したクラウス。
彼の話を聞いたラングは顔を真っ青にして平伏し、「どうか子供たちだけは!末の子は、ついこの前結婚したばかりなんです!お願いします!!」と、泣きながら謝り、自分が連座になるのは仕方がないとしても子供たちだけは助けてほしいと懇願した。
アリエスは溜め息をつき、「往来でのことでなければ命までは取りませんでした。しかし、往来で、人の目があるところでわたくしは侮辱されたのです。王女でもあり、侯爵家当主でもあるわたくしが正式に名を名乗り、挨拶をしたにもかかわらず、そちらの女性は顔を歪めて立ち去ったのです。その意味をお分かりになりますか?」と、冷ややかに見下ろした。
「ラングよ。知らなかったでは済ませられんのだ。無礼を働いたのは、エストレーラ侯爵と名乗ったあとだからな」
「そんな……、どうして……。どうしてなんだ、レニっ!!何で、侯爵家のご当主様にそんなことを……っ!!」
「だっ、誰だってそうするに決まってるわ!アデリナが産んだ娘が王女だなんて誰が思うものですか!!」
「……アデリナって誰?」
「ラングがアデリナを知らないのは無理もない。お前さんがこの村に来る前に王都へと行き、王宮でメイドとなった儂の末娘だ。その末娘アデリナが国王陛下の子を産んだのだ。その産まれた王女様が、ここにいるアリーだ」
「待ってよ!さっきは、そんな名前じゃなかったじゃない!やっぱり嘘なんでしょう!?騙したのね!!」
「騙してなどおらんわ!!いい加減にせんかっ!!この、愚か者めがぁ!」
クラウスの怒声は隣近所にまでハッキリと聞こえるほどであり、先程のレニが取った対応と合わせてコソコソと村民に広がっていった。
アリエスは、冷ややかな微笑を浮かべると、名前について再び説明した。
「挨拶したときも言ったわよね?わたくしの王女としての名は、国王であるお父様以外が呼ぶことは許されていない、と。だから、貴族として新たに名を授けられたのよ。それが、ヴァレンティア・サラ・エストレーラよ。クラウスお祖父様や伯父様たちが呼ぶ『アリー』という名は王女の頃の愛称で、冒険者としての名前が『アリエス』なの。親しい者以外は呼べないわ」
「あ、あの、発言の許可をいただけますか……?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます。妻のしたことは許されることではありませんが、黙らせるのに何か見せていただけませんか?」
「いいわよ?どれが良いかしら?お父様から直々にいただいた通行手形?それとも王女としての証?侯爵家当主としての証もあるわよ?どれを見せて欲しい?全部でも良くってよ?」
そう言ってニタっと笑うアリエスに対してラングは「全部見せて黙らせてください!」と、清々しい笑顔で宣った。かなり図太い性格をしている。
証や手形は本人の魔力に反応して、刻まれている紋章が光るように作られているため、偽造は出来ない。
つまり、その3つを光らせたアリエスは、本物の王女であり、侯爵家当主であることが分かる。
それを見てやっと自分のやらかしたことを理解したのか大人しくなったレニだったが、彼女はクラウスが取り成してくれると高を括っており、深刻には考えていなかった。
あとになって、あのとき真剣に心から謝っていればと後悔することになるのだが、後悔先に立たずである。
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