第八話 貴族で、当主です
突然訪ねて来た兄に出すのは水でいいとしても、姪っ子の王女にも水というわけにはいかないと、トビアスはひとっ走り行こうとしていた。
しかし、それをアリエスは止めて、突然来たこっちがいけないのだからと、インベントリから色々と出していき、それをロッシュとテレーゼが手際良く並べてお茶を用意していった。
あっけに取られてそれを見ていた祖父クラウスとトビアス夫妻は、ヘルマンの「おっ、美味そうじゃん。いただいて良いか?」という声で我に返り、ちょっと待てとなった。
「なんだよ、お茶が冷めちまうじゃんか」
「いやいやいや!お前、この状況で何でそんな普通に茶を飲もうとする!王女様だぞ!?」
「あのなぁ、親父。アリーは王女様かもしれんが俺たちの姪っ子で、親父の孫娘だろうが。孫娘が茶を用意してくれたんだから喜べよ」
「いや、しかし……!」
「正確に言うと孫娘に仕えている執事が用意したお茶な。私が入れると、めっちゃ苦くなるから、適材適所な?あと、メイドのテレーゼお手製のお菓子も絶品だから食べてよ」
「おう!……んぐっ、うわ……、すげぇな。この鼻に抜ける香り、これバターってやつか?サクサクほろほろしてて、口の中でしゅるっと溶けてなくなる……。香ばしいのに苦くない、絶妙な焼き加減だ……」
うっとりするヘルマンに「食レポかよ」と笑ってツッコミを入れるアリエスであったが、それの意味が分かる人はここにはいなかった。
お茶を飲んでいるうちに慣れたトビアス夫妻と諦めた祖父クラウスは、次第にアリエスと打ち解けていき、帰る頃には「また明日な!」と笑顔で会話できるほどになっていた。
玄関で見送られていると、「あら?珍しいわね、お客さん?」と声をかけてくる中年の女性がおり、それに気付いたヘルマンは、「そうなんだよ!姪っ子が訪ねて来てくれたんだよ!」と、嬉しそうに返した。
「姪っ子……?ヘルマンさん達の兄弟やその家族は皆この村にいるじゃない。本当に姪っ子なの?」
「何言ってんだよ、お前だってアデリナが王都にいたことは知ってんだろ?この子はアデリナの娘だよ」
「アデリナ……ですって?へぇ……、あの子の。ふふっ、私も知ってるわよ?王族になれなかった可哀想な娘さんでしょう?」
現れた中年の女性は、嘲りを含んだ憐憫の眼差しを向けてきたのだが、アリエスは売られたケンカは買う子である。
「はじめまして。ヘルマン伯父様からご紹介いただきました、アデリナの娘ヴァレンティア・サラ・エストレーラですわ。わたくしのことは、エストレーラ侯爵とお呼びください。王族としての名もございますが、そちらは国王陛下であられるお父様以外が呼ぶことは許されておりませんので省かせていただきますわね?」
「なっ……、な、なんっ」
「まあ、お孫さんがおられてもおかしくないような年齢でしょうに、挨拶もまともに出来ないのかしら?ヘルマン伯父様、こちら、どなたですの?」
「ん?コイツか?さっき話してやったろ?アデリナが追い掛けて行った幼馴染だよ」
「……あら、そうでしたの。では、お礼を申し上げなければなりませんわね?わたくしが誕生する切っ掛けを作ってくださったのですから」
指先にまで意識を向けて綺麗な所作で微笑むアリエスは、どこからどう見ても王侯貴族そのものだった。装いは冒険者スタイルだが。
悔しげに顔を歪めると挨拶も辞去の言葉もなく腹立たしげに去っていく中年の女性を見送ったアリエスは、「不敬罪でチョンパ確定なんだけど、どうする?」と、可愛らしく首を傾げて祖父たちを見つめた。
アデリナの幼馴染である先程の女性が失礼な態度を取ったのは分かるヘルマンとトビアス夫妻。
しかし、祖父クラウスはアリエスの言っている意味が分かっていた。
「儂らには、どうすることも出来ん」
「ん?親父、どういうことだ?」
「今、その、ア、アリーが正式に名乗っただろ?侯爵だと。それを無視して立ち去ったのだ。お前たちも相手を姪っ子ではなく侯爵家のご当主様に置き換えて考えれば分かるだろう?アイツが何をしてしまったのか」
「あーぁ。どうすんだ?」
「あ、兄貴っ、そんな暢気に構えてる場合じゃねぇだろ!?な、なぁ、アリー、じょ、冗談だよな?」
「あー、冗談で済ませるのはここが家の中だったらイケたんだけど、往来で目撃者もいるわけだからね。無理だな」
あっけらかんとしたアリエスに、何とかならないかと縋るトビアスを見てロッシュは「
「ん。よろしく、ロッシュ」
「かしこまりました。トビアスさん、今回のことを許してしまえばハルルエスタート王国の貴族の顔に泥を塗る行為となります。それに、一度許してしまえばエストレーラ侯爵には無礼を働いても許されるという前例を作ってしまうことにもなります」
「そ、それは分かる。分かっているが、俺たちにとってはアイツも妹みたいなもんなんだよ!」
「おい、トビアス。アリーは俺たちの姪っ子だぞ?姪っ子が馬鹿にされて黙ってろってのか?」
天然な割に大事なところは分かっているヘルマン伯父さんに好感度が上がっていくアリーたん。
んふふっと笑ったアリエスは、「お母様を馬鹿にしたヤツを私が許すわけないじゃん?しかも、亡くなったとはいえ、お母様は国王の側室になったんだから。国にケンカ売ってんの?て感じだよねぇ?」と、ニンマリ嗤った。
母のアデリナは、アリエスが王族となったときに、その褒美の一部として身分が側室となり、歴代の国王の側室たちが眠る霊廟に埋葬し直されたのだ。
現国王の側室の中では一番乗りという名誉なんだか不名誉なんだか分からない形で。
アリエスは、自分がもっと早くにステータスにあった星マーク、転生者特典を使っていれば母親を死なせることはなかったのではないか、と思っていた。
しかし、それに気付かないロッシュではないので、彼から「わたくしめがもっと注意深く見ていれば気付けたと思われます。そんなわたくしめを
悪いのは母アデリナを死に追いやったものであり私たちではない、と思い直したが、ロッシュが何も言わないということは、既に
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