閑話 ファーストダンス

 国王が金のドレスにティアラを載せた女性をエスコートして現れた。

きちんと情報を集めることが出来ていた者は、王妃のエスコート相手が第二王子であることを知っていたため、国王がエスコートする相手は側室の誰かだろうと考えていた。


 それなのに、国王にエスコートされて現れた女性はティアラを載せており、しかも第一王女でさえも許されていない、ドレス生地の全てが金色という装いであった。


 春の日のような柔らかな金の薄布を幾重にも重ねたスカート部分は、少し動いただけでもふわりと揺れて空気をはらむほどに軽く、腰周りは彼女の引き締まったウエストを主張するようにフィットしており、バランスのとれた豊かなハリのある胸には星空を切り取ったようなアダマンタイトを土台に使った、大ぶりの最高級のダイヤモンドが輝いていた。

 ドレスの至る所に縫い付けられたダイヤモンドが、彼女が動く度に煌めきを放ち、全体に細やかに施されている金の刺繍に使われている糸も光が当たる度にキラキラと光っていた。


 全体的に見ればシンプルな装いながらもお金と手間がかかっているのが一目で分かり、見るものは知らずにため息を零すこととなった。


 そんな彼女を何だか見たことがあるようなとローデリックが凝視していると、隣にいる妻からチミっとつねられた。


 「いつまで見てるのよっ。国王陛下がエスコートされておられる女性よ?」

「いや、でも……、遠くて瞳の色までは分からないけど、あの髪色ってアリーさんじゃ?」

「え……。あれ?そう……ね。確かに言われてみれば……。いえ、でも、さすがに違うんじゃないかしら?わたくしでも、あのドレスがどれほどのものか分かるもの。アリエスさんだって元は王族だったのだから似た人がいても不思議ではないわよ」

「そ、そうだよな。じゃ、じゃあ、ウェルリアム殿に会えたら聞いてみようか。というか、彼しか知り合いがいないからそうするしかないんだけど……」

「それもそれで凄いことではあるわよね……」


  デビュタントが名を呼ばれながら続々と入場して来ると、白い装いに身を包んだ初々しい若者がシャンデリアの光に照らされており、彼らには輝かしい未来が待っているのだと、そう思わせられた。


 そのデビュタントの中には、ローデリック夫妻の息子もいる。

騎士爵から男爵になったため、彼らの息子はデビュタントとしての参加となったのだが、そういった立場になった子供は何人かいたため、ちょっと年上のローデリック夫妻の息子はあまり目立たずに済んでいた。


 カチコチに緊張している息子をハラハラしながら見守るローデリック夫妻だったが、何とか国王と王妃に挨拶を終えたのを見届けて、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。


 曲調が変わり、ファーストダンスを国王と金のドレスをまとった女性が踊り始めたのだが、動く度に風に揺られる羽のように、静かな波のように、寄せては返すドレスを見て、使われている生地が「妖精の衣」と呼ばれる目玉が飛び出るほど高いものであることに気付くものが、ちらほら出てきた。

そんな高級品を身にまとう彼女が何者なのか分からない貴族たちは、色々な憶測を飛ばしていた。


 フロアを楽しげに何かを話しながら踊りつつ移動する二人が近くまで来たときにローデリックは、「あ。やっぱりそうだ」とつぶやき、金のドレスを着た彼女がアリエスだと気付いた。


 冒険者としてのアリエスしか知らなかったローデリック夫妻は、王族のように気品溢れる所作をする彼女と全く繋がらなかったのだが、楽しげに笑う無邪気な顔と瞳の色がアリエスと重なったために分かったのだ。


 しかし、ローデリック夫妻は知らなかった。

自分たちが小さく会話している内容を周囲の者たちが耳をそばだてて聞いていることを。

 その会話からローデリック夫妻が本日デビュタントを迎えた「ウェルリアム」という公爵家嫡男の第二子と繋がりがあること、国王がエスコートしている女性と知り合いらしきことを知られてしまったのだ。


 そのため、彼らと繋がりを持てれば公爵家、ひいては王族とも繋がりが持てると愚かな思考に囚われた下級貴族たちが次々に関係を持とうと迫ってきた。

ましてや、ローデリックの父親が持っている子爵位は、ローデリック夫妻の息子が継ぐことになっているため、そこも狙われたのだ。


 子爵、男爵、騎士爵と、下級貴族でありながら3つも爵位を持つことになるローデリック一家はオイシイ獲物でしかない。

ローデリック自身にも「側室にうちの娘はどうか」と押し付けてくる者もいるくらいである。


 そんなことがあってローデリックはアリエスに挨拶に行こうとしても身動きが取れず、ウェルリアムの方へ行こうものなら「ご紹介していただけませんか?」と言われそうで、そちらへも行けなかったのだった。

 

 



 


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