閑話 夜会の始まり

 デビュタントの夜会に参加出来るのは貴族のみとされているのだが、そこに騎士爵は含まれない。

というのも、騎士は王を守るためにあるので、夜会へは警備の任務についており、参加できないのだ。


 今はハルルエスタート王国の貴族となっているヤオツァーオ公爵家のように、元が王国だった貴族は騎士を増やすことは許されないが、そのまま抱えていることは許されているため、騎士を持つ貴族が王族であったことはすぐに分かる。


 そんな騎士爵を賜わっている中の一人、ハインリッヒの弟ローデリックは、デビュタントの夜会が開かれている会場へと、男爵家当主として妻と共に足を踏み入れた。


 「うぅ、何で父上は別なんだよ……」

「あなた、しっかりなさって。お義父様は子爵様だもの。会場に入るのは男爵家である私たちよりも後なのだから仕方がないわよ」

「分かってるけど……。それにしても広いよな。向こうの壁際にいる騎士や使用人たちの顔が判別できないほどだ」


 デビュタントの夜会が開催される広間は、王城で一番広い場所が使用されるのだが、その会場は地位によって出入口が分けられており、その入り口の向こうには待機室が設けられている。

そこで自分たちが入場するときまで、ゆったりとくつろいで待つことになるため、ローデリック夫妻は父親たちとは別々になったのだ。


 ローデリックは、田舎者よろしく辺りを見回し、気後れしていた。


 正面の奥には真っ白な石を使った階段が中央と両側から延びており、その階段の「手すり子」には緻密で繊細な彫刻が施されているのだが、会場の手前の方である男爵家の者たちに割り当てられている場所からは、あまりよく見えない。


 高い天井には草花を模した精巧な装飾が施され、吊り下げられている無数のシャンデリアは成人男性の身長よりも大きく、魔道具の光を乱反射させて、どこから見ても光り輝いている。


 中央のフロアはダンスを踊るために鏡面仕上げになっているが、それ以外にはふかふかの真っ赤なカーペットが敷かれており、その縁には白い刺繍が施されていた。


 「うぅっ、わたくしが丹精込めて刺繍した夫のハンカチよりも素敵な刺繍がカーペットに……」

「だ、大丈夫だよ。君が刺繍してくれたハンカチもとても素敵だから、ね?大丈夫、大丈夫だよ」


 妻に大丈夫と言いつつ自分に言い聞かせるように「大丈夫」を繰り返すローデリックだが、気を紛らわせるためにシャンデリアのオーナメントを数え出していた。347個まで数えたところで、どこまで数えた分からなくなり、そのシャンデリアの向こうに見えた金の装飾に顔を引きつらせ、「あれって表面だけなのかな?全部本物の金ってことはないよな?だとしたら、あれ1個だけで一体いくらになるんだろう……。お城コワイ……」と、まだ会場入りしただけなのに泣きそうになっていた。


 会場の正面から見て右側には貴族が参列し、正面の階段へ近付くにつれて地位が上になっていくので、階段のすぐそばは王家を除いた貴族の序列一位であるヤオツァーオ公爵家に割り当てられている。

左側は軽食や飲み物などが置かれており、休憩できるようなソファーや椅子テーブルも置かれているため、挨拶を交わしたい者たちは、そちらへ向かうことが多い。


 「あなた、確か、階段の上は、位が高いのは右側なのよね?」

「あ、ああ、そうだよ。正面から見て右側の方が位は高いんだけど、それは左右を比べてだからね。真ん中と左右の3つを比べた場合は、真ん中が高いよ」

「じゃあ、中央の階段にある3つの扉は国王陛下と王太子殿下、第一王子殿下がご使用になられるのよね?それならば一段下にある左右の階段は、どなたがご使用になられるのかしら?」

「確か、直系以外の王家の方々やご側室様がご使用になられるはずだよ」


 夜会に参加する立場となったことで、色々な知識を詰め込まなければならなかったのだが、アリエスのお使いで現れたウェルリアムによって必要最低限をギチギチに押し込められたので、今のところ何とかなっているローデリックであった。


 会場に続々と入ってくる人々の地位が上がるにつれて、その装いの質も上がっていく。


 鮮やかに濃く布を染めようとすれば、それだけで値段は一気に跳ね上がる。

そんな生地をふんだんに使えるのは財力を示す行為でもあるのだが、お金があるからといって伯爵家の者が侯爵家の者が霞むような装いをすることは、「はしたない」とされているため、パッと見では分からない場所にこだわってみたりする者はいる。


 胸元のレースに使用している糸をさりげなく高級なものにしたり、袖口から見えるフリルに同色の糸で刺繍を入れて深みを出したりと、それぞれが知恵を絞って工夫を凝らしているので、その少し隠されたオシャレを見つけて褒めることが出来て一人前と言われている。


 伯爵家の上位や侯爵家になってくると、身につけている宝石のグレードも上がってくるのだが、その高価な宝石がドレスやジャケットにも縫い付けられている。

それを見たローデリックの妻は、小さく溜め息を漏らした。


 「はぁ。わたくしが身につけているネックレスの宝石よりも良いものがドレスに縫い付けられているわ……」

「うぐっ……」

「あなたを責めているつもりはないの。ついこの前までは生きていくのに精一杯だったもの。分かっているわ。でもね、それと女心は別なのよ……」


 大ぶりのサファイアやルビー、エメラルドといった定番の宝石から、光の加減によって色が変わる宝石や小さいながらも強烈な輝きを放つダイヤモンドなど、見ているだけで溜め息の出る女性陣と違って、男性陣は目がチカチカしていた。

興味のないものにとっては、そんなものである。


 公爵家の面々が入場し終わった頃になってもローデリックは、とある人物を見つけられずにいた。

キョロキョロとする夫のローデリックに妻は、「みっともないから、あまりキョロキョロしないでよ」と窘めたのだが、「アリーさんも参加してるんだよね?見つからないんだけど」と、彼は困り顔だった。


 「そういえばそうね。……ねぇ、あなた。アリエスさんって冒険者よね?何枠で参加されるの?」

「え。あれ?そういえば、どうやって参加……、警備とかじゃないよね……?」

「さすがにそれは……」


 困惑していると王族が入場し始めたので、その度に腰を落として礼をしなければならず、私語も慎まなければならなかったので、二人の会話はそこで途切れたのだった。



 

 



 


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