第二話 エスコート

 フェリシアナ王女とのお茶会を終えたアリエスは、ディメンションルームのコテージへと戻ってきたときにロッシュから、「先程の温室にてフェリシアナ王女様を描いてもらえるように、手配しておきました」と報告されて、によによしている。


 アリエス大好き全肯定派なロッシュなので、画家を指定する際に、写実的な絵を描くのが得意な人物へ依頼するようにも言ってあることから、彼女が喜ぶ仕上がりになるだろう。


 明後日はデビュタントの夜会が開催されるため、アリエスは「明日はダラダラするー」と宣言した通り、だらけて過ごしたのだった。


 デビュタントの夜会がある当日の朝。

アリエスはウェルリアムに王宮へと連れて行かれ、そこで全身にマッサージを施されて、髪から爪に至るまでピカピカに磨かれている間にお昼になった。


 昼食を挟んで今度は、素肌の綺麗さや持ち前の愛らしさを活かした化粧を持参したダンジョン産の化粧品で施してもらい、次は入念に髪を梳かれ、アリエスが痛がらないように慎重な力加減で髪を編んでいき、頭上には小ぶりながらも高価なティアラが載せられた。

この国でティアラを載せられるのは妃と王女、つまり王族の女性のみなので側室にその権利はない。そこには、明確な線引きがあるのだ。


 先日、試着したドレスは無事に仕上がり、本日やっとアリエスは目にすることが出来たのだが、使われた色に顔を引きつらせた。


 アリエスは朝から自分に掛かりっきりになって世話をしてくれている王妃付きの侍女の一人に、「ねぇ、この色って大丈夫なの?」と、問いかけた。

するとその侍女は優しく微笑みながら「陛下の思し召しでございます」と言いながらも、少し困った様子であった。


 今回アリエスに用意されたドレスは、シャンパンゴールドのふんわりとしたものなのだが、金色の生地を全体に使えるのは王族のみなのだ。

そして、男性が正装で身につけるマントは、国王が黒地に金の刺繍、王太子は黒地に自身の瞳か髪の色の刺繍となる。


 これ本当に大丈夫かよ、と溜め息混じりに用意されたドレスに着替えることにしたアリエスは、「うわ、やっぱ何も着てないみたいに軽いっ!自分の視界にドレスを入れてないと下着だけでいる気分になる……」と、ドレスの価値も考えずに残念なことを口にしたのだった。


 ドレスを着たあとに、二の腕まであるグローブ手袋に手を通し、ネックレス、イヤリング、指輪をつけ、そこそこ高いヒールの靴を履き、準備は整った。


 準備が終わったところで部屋に入ってきた国王はニヤリと笑うと「リゼ、似合ってるぞ」と言って彼女の頬を撫でた。頭を撫でようとしてティアラがあることを思い出した結果、ほっぺになったのだ。


 んふふっと笑ったアリエスは、「おしとやかにしてた方が良いか?」と国王父ちゃんに尋ねると、彼は「好きなようにしていれば良い。文句を言えるのは王妃と俺だけだ」と言った。

それを聞いたアリエスがニンマリと笑ったので、国王はククッと喉を鳴らし楽しそうな顔をしたのだった。


 国王父ちゃんにエスコートされたアリエスの後ろには、国王の側近と共にロッシュと王妃付きの侍女が控えている。

アリエスに貴族籍を持った侍女などの側近がいないため、王妃がつけてくれたのだ。


 「なあ、父ちゃん。何で第二王子は王妃様をエスコートするんだ?」

「軍属になるから急いで婚約者を作る必要もないだろうと作らずにいて、デビュタントの際にエスコートする相手がいないことに気付いた阿呆だ」

「うわちゃー。それで、おばあちゃんをエスコートすることになった、と。美しいおばあちゃんで良かったな」

「だが、軍属になろうとも元は王族だ。群がる連中を牽制するには王妃が適任だからな」

「ああ、なるほど。地位も所作も美しさも教養も、身につけているもの、何から何まで小娘が適うものなんて無いもんなー」


 対外的には第二王子のワガママで王妃をエスコート相手に選んだことになっているが、蓋を開ければこんなものである。


 ハルルエスタート王国で開かれるデビュタントの夜会では、成人を迎えた貴族令嬢は白いドレスを身にまとい、貴族令息はトラウザーズズボンとシャツが白でベストとジャケットは自身の髪と瞳の色を使うことになっており、婚約者がいる者は互いの色をネックレスとカフスボタンに取り入れていることが多い。


 白をまとった成人を迎えた者たちは会場へ続く控えの間で待機しており、名を呼ばれたら入場するのだが、その際に令嬢は婚約者がいれば婚約者に、いなければ親族にと、必ず誰かにエスコートしてもらう暗黙のルールがある。


 しかし、デビューする令息が誰も連れずに入場しても構わないのだが、「あいつ誰にも相手にされなかったんだな」と嘲笑されるハメになるので、おひとり様での入場はオススメしない。


 おひとり様が嫌だからとエスコートさせてほしいと頼むと、「もしかして私に気があるのかしら?」と変に期待されることもあるので、煩わされたくない令息はテキトーにエスコートする相手を親戚から選ぶこともあるのだが、テキトーが過ぎてオカンをエスコートしている者もいたりする。どっかの第二王子みたいなことになっているヤツは毎年いるのだ。


 王族専用の控えの間に着くと、そこには王太子アルフォンソと王太子妃がいたのだが、第一王子とその婚約者は入場するために会場へと続く扉の前に立っていた。


 つまり、かなりギリギリなタイミングで部屋に入ってきたのだ。

「ここでアリエスを迎えられるとは、あの阿呆第二王子も随分と役に立つことをしてくれたものだ」

「うふふ、そうね、アルフォンソ。セレちゃんは、とっても良い子なのよ」


 第二王子セレスティノをセレちゃんと呼ぶのは王太子妃のファイエットである。


 「アリエス、王太子妃のファイエットだ」

「はじめまして、ファイエット王太子妃様」

「うん、はじめまして、アリエスちゃん。よろしくねー」

「兄貴、大丈夫か、これ……じゃなかった」

「気にするな。アリエスがコレと言って咎めるようなものはおらんし、これはこれで中々に凄いのだ」

「そっか。まあ、兄貴がいいなら良いんだけどな」


 扉の前で待機している第一王子とその婚約者の耳にもバッチリこの会話が届いていたのだが、「父上王太子を兄貴と呼んでいるのか!?」とか、「母上を何度コレ呼ばわりするんですか!!」と、第一王子は顔を引きつらせ、婚約者は無表情で「わたくしには何も聞こえておりません。ええ、何も聞こえていないったら、いませんの!!」と、心の中は大荒れになっていたのだった。




 



 

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