5 デビュタントの夜会

第一話 フェリシアナ王女

 新年をディメンションルームのコテージにて迎えたアリエスたちは、二日酔いのぐでんぐでんだったため、クララが回復魔法を掛けて回っていた。

その中にはシャルドンとその夫トラントがいるのだが、レベッカによって回収された二人はアリエスが預かることになり、その後はフリードリヒの温泉宿で働くことになっている。

 シャルドンが作るジャムはとても美味しく、料理も上手であったことから速攻で就職先が決まったのだ。


 シャルドンの夫は普段は偽名を使っていたのだが、その偽名ももう使わない方が良いだろうということで、彼のナンバリング名が「ホラム」であったことから、あいうえお順で言えば「ほ」は30番目なので、フランス語で30を意味するトラントという名前になったのだ。

ちなみにシャルドンのナンバリング名は、メラムであった。


 温泉宿をミーテレーノ伯爵領でやることになっているが、シャルドン夫妻が住んでいた田舎町から温泉宿をやる予定の町までかなりの距離がある。

そのため、顔見知りと遭遇することはそうそうないということもあるし、口封じに始末されるほど重要な任務についていたわけでもないので、大丈夫だろうとレベッカが判断したのだ。


 トラントは、「としくって使えなくなり始めたら消されるからな。そうならないように実力を誤魔化して長く任務についていた」と言い、女房と宿屋で働かせてもらえるなら、そんなありがたいことはないとホッとした様子で笑っていた。


 今日の昼に王宮にて王太子アルフォンソの娘フェリシアナとお茶をする予定が入っているアリエスは、お茶会用のドレスに着替えてウェルリアムの転移で出掛けた。

今は新年のパーティーや茶会が開かれている社交シーズンでもあるため、貴族の出入りが激しく、いつもの冒険者スタイルだといざこざが起こる可能性が高くなるためだった。


 お茶会用のお土産にはナマのシットリラディースと、それを使ったジャムやパウンドケーキを用意した。

もちろん国王には既にウェルリアムによって差し入れ済みで、度数の高い酒に酸っぱいシットリラディースを入れて飲むのを楽しんでいる。


 春とはいえまだ肌寒いことから案内されたのは温室で、そこには薄ピンクと薄紫のグラデーションになった花を咲かせた大きな木が何本も植えられており、はらはらと指先ほどの大きさの花びらが舞う幻想的な光景であった。


 以前に会ったフェリシアナ王女は幼かったが、今の彼女は13歳になっており、背も伸びて出るところは出てき始めた、サナギから蝶に変わる頃である。

そんな彼女の周囲に柔らかな日の光が差し込み、はらはらと舞う花びらと相まって更に幻想的になっていた。


 それを見たアリエスは、「絵に残したいけど、表現できるかなー。この一枚が欲しい……」と、残念そうにしていたので、ロッシュは心のメモに「温室と画家」と記したのだった。


 アリエスが来たことに気付いたフェリシアナは、優しい微笑みを浮かべて歓迎を示した。

「ようこそお出でくださいました、アリー様」

「お招きありがとう存じます、フェリ様。『春の光に照らされし月に栄光あれ』」


 今回の相手を称える挨拶は、春はハルルエスタート王国、光は聖属性の金色や威光、月はルナラリア王国である。

もちろんこれを考えたのはロッシュで、アリエスは挨拶と選んだ言葉の意味を頑張って覚えたが、フェリシアナが意地悪く意味を聞いてきたりはしないので、何かあったときのために覚えたに過ぎない。


 定型文ご挨拶のやり取りを終えた二人は、フェリシアナ付きの侍女が新たに入れたお茶を口にしてからお喋りを始めた。


 「あのね、アリー様。わたくし、成人になると共に婚約者であるルナラリア王国の王太子殿下のもとへと輿入れいたしますの」

「へぇー、そうなんだ。ん?あれ?第一王子じゃなくて?」

「ええ、わたくしとの婚約が決まり、彼の体調も安定したということで、第一王子殿下は立太子なされましたの」

「そうだったんだ、おめでとう!そっかー、フェリ様は未来の王妃様なんだね」

「ふふっ、そうですわ。アリー様のおかげで夢が叶いましたの。ありがとう存じます」

「私はキッカケに過ぎないよ。妃に選ばれたのはフェリ様の努力によるものだよ。頑張ったんだね」


 後ろ盾を期待できない母親の実家。

王女とはいえ、その生まれでは降嫁するか、どこぞの国の王家へ側室として輿入れするかしかないだろうと、そう言われて育ったフェリシアナ。


 しかし、幼かった彼女は諦めきれず、絶対に王妃になってやると、何でもないような控えめな笑顔の下に、強いドロリとしたマグマのような熱を持っていた。

チャンスを逃さないために頑張っていたことを「大した後ろ盾もないのに必死になっちゃって」と、努力を嘲笑われたこともあったが、ルナラリア王国の第一王子、いずれは国王になる人物との婚約が決まったのだ。アリエスに似ているという、それだけでだが。


 フェリシアナは、自身を嘲笑った者たちにキッチリお返しをしたのだが、アリエスという共通の話題を出すことによって祖父国王と仲良くなることで、更に相手を追い詰めて楽しんでいた。


 そんな彼女でも、アリエスから「頑張ったね」と褒められて嬉しかったのだ。

努力することが当たり前、出来て当たり前、後ろ盾のない側室には分からない世界ということで産みの母親には遠巻きにされ、誰も褒めてなどくれなかった。


 涙は見せないけれど、嬉しそうに笑ったフェリシアナを見てアリエスは、「じゃあ、頑張ったフェリ様にご褒美をあげないとな!」と、ニカっと笑うと、化粧道具一式をプレゼントした。


 アリエスから父ちゃん国王へと渡されたダンジョン産の化粧品は、王妃と側室に渡され、一部が王太子を経由して、その妃と側室へも配られたが、手にできなかった王族ももちろんいた。

フェリシアナも手にできなかった一人で、「婚約者ウェルリアムからのプレゼントなの」と、姉から自慢され悔しい思いもしており、アリエスから渡されたその化粧道具一式をついガン見してしまった。


 しかも渡したダンジョン産の化粧品はウォータープルーフという汗でも皮脂でも崩れないよ!という素敵な代物で、それを落とすための専用クレンジングも一緒に入れてあり、とても喜ばれた。


 お土産のシットリラディースにももちろん喜んだが、それを姉も婚約者であるウェルリアムから貰っており、そのことについては、まだお返し仕返し出来ておらず、その機会を虎視眈々と狙うフェリちゃんであった。


 


 

 



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