第六話 おじいちゃん

 伯父のヘルマンによって案内されて着いた家は、掘っ建て小屋だった。

彼が家へと案内すると言っていたのだからここに住んでいるのだろうが、それにしても素人が知識もないままに建てたように見えたので、アリエスは少し困惑していた。


 アリエスの反応に気付いたヘルマンは、にっこりと笑うと彼女が思っていることの答えをくれた。


 「今な、新居を建設中で、ここは仮住まいなんだよ。といっても、ここは俺たちが小さい頃に住んでいた家なんだけどな」

「そうなのか。てことは、お母様もここに住んでたのか?」

「いや、ここに住んでいたのは長男の俺と次男、長女までで、そこから下は違う家で生まれている。今は、次男一家が住んでるから後で連れてってやるよ」

「やった!」


 掘っ建て小屋のような家の中はキッチンではなくかまどがあり、その他にはカーペットとソファーにローテーブルがあるだけで、トイレはないのだが、そこは共同トイレを使っているので問題ない。


 家の中には若い女性が赤子をあやしており、ヘルマンに気付くと「あれ?おじいちゃん、散歩に出たんじゃなかったの?」と、声をかけてきた。


 「おじいちゃんって。え、伯父さん、ひ孫がいんの?」

「おう!初ひ孫だ。可愛いだろう?」

「うん、可愛いけどマジかー。あ、でもそうか、お母様は三女だって言ってたもんな。何番目の三女か知らんけど」

「おいおいおい。まさか、アデリナのやつ俺たちのこと何も話してなかったのか?」

「なぁーんにも!私は、お母様が男爵家の三女ってことしか知らないよ?ていうか、お母様の実家から手紙があったとか、何も聞いてなかったし。ぶっちゃけ私が生まれたのは迷惑だったのかな?とか思った時期はあったよ?」

「そんなことあるわけないだろ!!でも、なんで何も話してないんだ?」

「お母様天然説が有力な気がするんだけど、伯父さん、どう思う?」

「あ、有り得る……っ!」


 ヘルマンをおじいちゃんと呼んだ若い女性は、アリエスが口にした「お母様」という単語に汗を垂らしていた。

母親を「お母様」と呼ぶ身分の人ってことだよね?と。


 アリエスとヘルマンがアデリナの天然説に戦慄しているとしゃがれた声で、「なんだ、なんだ、この人集ひとだかりは」と入り口から聞こえた。


 「あ、親父!」

「おう、ヘルマン。何の集まりだ?見ねぇ顔ばっかだな」

「親父、親父!アデリナの娘だ!!」

「アデリナの……娘、だと?」

「あんたがクラウスか?父ちゃんが、じいちゃんがここにいるって教えてくれたんだけど」

「ぶふぅっ……!!おまっ、国王陛下を相手に父ちゃんとか止めんか!」

「えぇ〜?何も言われてないけど?」

「マジかよ……、冗談だろ?」

「うんにゃ。事実だぞ?」


 アリエスが大国の国王を父ちゃんなどと呼ぶことに頭を抱える祖父クラウス。

国王を父ちゃんと呼ぶということを耳にして、更に汗ダラダラな状態になる赤子をあやす若い女性。


 そこへアリエスは更に混乱するものを投下した。

「あ、そうだ。じいちゃん、これ、父ちゃんからな」

「こっ、国王陛下から!?そんな無造作に渡さんでくれ!!」

「えぇ〜?ただの手紙じゃん」

「んなわけあるか!!王家の紋章が封蝋に使われとるではないか!!」


 ただの手紙ではなく、アリエスが王族となり侯爵家当主となったことを知らせる正式なものである。


 恐る恐る開いて恭しく広げて中を読んだ祖父クラウスは、崩れ落ちた。

ものすごく無造作に渡されたので何の変哲もない、ただの手紙だと思い込みたかったが、そんなわけにはいかなかった。

 目の前で暢気な顔をしている孫娘が王族となり侯爵位も持っているのだから。

しかも、功績をあげたからという理由で、だ。


 祖父クラウスは、死んだ魚のような目をして息子であるヘルマンを見た。

「ヘルマン……。目の前にいる孫娘の肩書きがとんでもねぇことになってるぞ」

「ああ、そういやそうだったな。すげぇよなぁ。王族で侯爵で、しかも国王陛下直々の手形も持ってんだからな!」


 ヘルマンからもたらされた情報を耳にしてギギギ……と関節が錆びついたような挙動でアリエスを見たクラウスは「国王陛下……直々の、手……形?」と、つぶやいた。


 それを受けてアリエスは、またもや無造作に「これか?」と掲げたのだが、手形をそんなふうに雑に扱うのを見てクラウスは白目になったのだった。


 何故にクラウスが白目になったのか分からないヘルマンとアリエス。

しかし、クラウスの気持ちが嫌というほど分かる赤子をあやしていたヘルマンの孫娘は、「おじいちゃん……。お、王女様を、こ、こんな所に立たせたままじゃいけないんじゃ?」と声をかけて、何とか別の場所に移動してもらえないか促してみた。


 自身の孫娘から言われて気付いたヘルマンは、「確かにこの人数だしな。落ち着いて話すんなら、あっちの家の方がいいか」と白目になったクラウスと首を傾げるアリエスを連れて移動することにした。


 白目から黒目に戻ったが脳内は停止したままのクラウスは、ヘルマンに引っ張られてヨロヨロと歩き始めたのだが、アリエスは自身のパーティーメンバーたちに一緒に来るか聞いたところ、大人数で押しかけてもお邪魔だろうからと、ロッシュとテレーゼ、ハインリッヒの3人がついて行くことになり、あとのメンバーは北側にある宿泊施設へ向かった。


 ヘルマンによって案内された先にあったのは、平屋建てではあるがかなり大きな建物だった。

それを見てアリエスは、「でっけーなぁ」と声に出したのだが、それを聞いたヘルマンは、「親父とお袋の子供が8人、そこに俺の嫁と子供、次男の嫁と子供で、結局何人で暮らしてたんだろうな?」と笑った。


 「大家族じゃん」

「田舎の村じゃあ珍しくも何ともねぇけどなぁ。そんなこと言や国王陛下も大家族だろうよ」

「あ、そういえばそうだな。実感なかったわ」

「田舎の家族構成と王家を一緒に語るでないっ!!」


 思考回路が復活したクラウスの怒りのツッコミが炸裂したのだが、アリエスからすれば国王は父ちゃんでしかないし、王家は実家でしかないので、クラウスの反応が理解できないのであった。


 

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