第四話 誰のせい?

 アリエスがグラントゥルコ侯爵家に行っている間に、少しだけ領民に話を聞いてきたメンバーたちは、彼女がコテージでダラけている間にそれをロッシュへと伝えた。

そうすることで、彼の持つ知識や情報と合わさり、ひとつの可能性にたどり着くこととなった。


 「じゃあ、このチグハグな畑の現状は元娘のせいってことなのか?」

「はい、アリエスアリー様。推測でしかありませんが、その可能性が高いと思われます」


 元娘が学園に通っていた頃に「農地を豊かにする方法」という論文を入手したのが始まりだった。

それの通りにやれば収穫量が、ひいては税収が増えると思った元娘は、その論文を持って学園の長期休暇を利用して領地にある邸へと戻ってきた。


 しかし、農業に携わったことのない元娘には、その論文に用いられている専門用語など分かるはずもなく「使えない」と捨てようとしたのだが、せっかく持って来たのだからと、「これがあれば家族に楽をさせてあげられるわよ」と言ってメイドに渡した。


 貴族文字で書かれたその論文をメイドは、「お嬢様からです」と言って、広大な農場がある地域を領主に代わって管理している人物の息子・・・へ渡した。

 その息子に何度も言い寄られて迷惑していたメイドは、お嬢様からの論文を優先して渡す代わりに、二度と自分には声を掛けないようにしてくれと取引を持ちかけたのだ。

 収穫量が増えればその分だけ収入も増えると踏んだ彼は、「金が手に入れば、もっといい女を手にすることも可能だろう」と考えて、その条件を飲んだ。


 メイドに渡した論文のことなど記憶の彼方へ吹っ飛ばしてしまっている元娘は、農地に起きた異変の発端が自分にあるなど思いもせず、「貧乏生活など耐えられない!」と母親と共に出て行った。


 メイドは、段々と収穫量が落ちていく農地を見て、「もしかしたら」とは思うものの、「楽をさせてやれる」と言われて渡されたのだから、今のこの状況とは関係ないだろうと知らないフリをした。


 論文を手に入れた件の息子は、貴族文字で書かれたそれを自分なりに解釈した。

親が領主に代わって農地を管理しているため、いずれ手伝うことにもなるだろうからと貴族文字を勉強させられており、ある程度は読めたのだが専門用語までは分からなかった。


 彼は、「良い儲け話がある」と囁き、収穫量が増えたらその中から少し融通してくれれば良いからと言って、至る所で独自解釈した論文のやり方をやらせたのだが、最初は上手くいっていた所もあった。


 しかし、段々と収穫量が落ちていき、結果として今の状況になった、ということだった。


 勝手に農地の改革をやったために、こうなった原因を領主に言えるはずもなかったのだが、領主であるグラントゥルコ侯爵は領地のためを思ってしてくれたことだからと言って咎めなかった。

というより、元娘が発端だったので何も言えなかったのだ。


 アリエスにも身内の恥を晒すようで知らないふりを通すしかなかったのだが、グラントゥルコ侯爵はお人好し過ぎるところがある。


 メンバーがそれぞれに聞いてきたことをロッシュが繋ぎ合わせ、それを聞いて半目になったアリエスは、「推測だから確定ではないとはいえ、そんなんで領地は大丈夫なのかよ」と呆れた。

その推測は当たっているため、本来ならば少々どころではなく危ういのだが、今後何とかなる見通しはある。


 「おそらく大丈夫でしょう。グラントゥルコ侯爵家の跡取り娘が互いに思いを寄せているという男爵家の子息は、かなりのやり手だと話に上ったこともあるような人物ですので」

「へぇー。上手く格上に取り入ったってとこ?」

「最初はそうだったのでしょうが、グラントゥルコ侯爵の話を聞く限り、ご令嬢の方もなかなかの人物のようですからねぇ。上手く合ったのでしょう」

「そっか。まあ、私が心配してやる義理はないからな。ミストとブラッディ・ライアンの小遣いが増えるなら、それで良いんだし」


 アリエスが正式に王族として公表されて侯爵位を賜わったことで、内政干渉だと騒ぐ連中も出てくるため、改善リストと道具を渡して「あとはお好きにどうぞ」で丁度いいのだ。


 ムーちゃんをまふぅっと首に巻いたアリエスは、メンバー見回すと、「こんな短時間でよくこれだけの情報を集められたな」と感心した。

それに対してハインリッヒは「それだけ鬱憤が溜まってんだよ」と苦笑した。


 「言いたくて言いたくて仕方がなかったんだろうよ。冒険者を引き連れて執事までいる人物アリエスが畑を見ていたかと思えば領主の邸へと入っていった。『こりゃあ何かあるぞ』と思った連中は責任の擦り付け合いをし始めたんだよ」

「あー、なるほど。こんなことになってんのは言われた通りにやっただけだ、と。そう言いたいわけか」

「そういうこった。その管理を任されていた人物の息子とやらも『お嬢様に頼まれたから』と言い張っているしな」

「まあ、メイドがお嬢様からですって論文を渡したんなら、その主張は間違っちゃいねぇんだろうけどな。既にいなくなってるヤツに擦り付けておけば楽だわな」


 だからこそグラントゥルコ侯爵も何も言わなかったのだ。

言ったことで取り返しがつくならばそうしただろうし、やらかした人数も多かったため、処罰して歩くよりもこの現状を打開する方を選んだのだが、そこに領主を軽く見る癖がついてしまった。


 しかし、領民たちは知らない。

跡取り娘が選んだ男爵家子息がそんな甘ったれた関係を許す人物ではないことを。

 そして、領内をこんなことにした領民たちを全く許していない跡取り娘によって、収穫量が増えてもしばらくは増税されたままになることを。


 グラントゥルコ侯爵家が邸の手入れも満足に出来ないほど困窮していたのだから、その邸の整備や領地のために借りた金の返済もある。

やらかしたのだから、その返済にも協力してもらわないと、ねぇ?という美しくも悪魔のような笑みを浮かべた跡取り娘がそこかしこで見られることだろう。





 




 

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