第三話 こうしよう
グラントゥルコ侯爵は、アリエスからもたらされた情報を確認したが、全てを鵜呑みにすることはなく、徐々に手をつけていくと言った。
この慎重さがあるにもかかわらず、何故このようなことになっているのかといえば、単に領民に欲が出たための失敗である。
領地を良くしようと改良を重ねた結果、肥料や水のやり過ぎが起こり、減らした方が良くなるのではないかと言い出した者たちが肥料や水を減らした結果、そちらも育ちが悪くなったと、グラントゥルコ侯爵は言った。
何をするにしてもやり方が極端だったために起こったことで、試験的に少しずつやればここまでの被害にはならなかったのだ、と。
「民は良かれと思ってやってくれたのです。しかし、性急にことを進めてしまったために後戻りがきかなくなってしまった」
「良かれと思ったって。それは、違うんじゃないか?自分たちの取り分を増やすために欲が出たんだろうよ。ここの税は、収穫量に対してか?それとも面積に対してか?」
「元は面積に対してでしたが、収穫量が落ちてしまって、それでは税を払ったら何も残らないと言われて。今は収穫量に対して、ということになっています」
「面積に対してだったなら、収穫量が増えた分だけ全部ポッケに入るじゃんか。はぁー、欲が出た領民の尻拭いで、侯爵家当主自らが芝刈りって。もっと怒ってもいいと思うぞ?」
アリエスに呆れた目で見られて、「いやはや……」と頭をかくグラントゥルコ侯爵。めっちゃいい人なのだ。
こんな人柄だと婿入り予定の伯爵子息と揉めるとロクなことにならないだろうと思ったアリエスは、跡取り娘がやろうとしていることを止めさせた方が良いのではないかと言った。
王弟ボニファシオは、亡くなった愛する人が生まれ変わったことでやっと結ばれることができた、それに乗っかって苦労してでも自分も愛を貫きたいと、そういう風に話を持っていった方が良いのではないか、と。
「ああ、やはり噂は本当だったのですね。王弟殿下のご婚約者様が愛する方の生まれ変わりだったのだと、社交界で秘かに囁かれておりましたから。そうでしたか……。今度こそ、お幸せになられると良いですねぇ」
「いや、そうじゃなくてだな。そっちじゃねぇよ!跡取り娘の話だよ!」
「あ、そうでした!すみません。私も禍根が残るようなことはしてほしくありませんからね。この頂いたリストと道具があれば何とかなるでしょうし、娘には慰謝料など考えずに今の婚約を穏便に解消するように言ってみようと思います」
「それなら話は早い方がいいだろう。さくっと手紙を書いてくれ。即座に本人に渡るように手配するから」
「…………はい?」
善は急げというのだからと、アリエスはグラントゥルコ侯爵を急かして書かせた手紙をウェルリアム経由で王都にいるグラントゥルコ侯爵家令嬢へと届けた。
当主である父親から「領地は数年ほど辛抱すれば何とかなる目処がついたので、馬鹿なことは止めて穏便に婚約を解消しよう」という手紙が届いた跡取り娘は、婚約者である伯爵家子息への腹立たしさは残るものの、後から恨まれるようなことをして、愛する者やいずれ出来る我が子に何かあっては悔やんでも悔やみきれないと、断腸の思いで慰謝料を諦めた。
婚約していた伯爵家子息も格上の侯爵家へ婿入り出来るとはいえ、財政難の貧乏領地へ行くのは嫌がっていたので、婚約解消ではなく白紙を提案すると、喜んで承諾したのだった。
伯爵家子息が不貞をしていた証拠をグラントゥルコ侯爵家令嬢は持っていたので、婚約を解消した上で慰謝料の請求も出来たのだが、穏便に済ませるために互いに傷もなく伯爵家の懐も痛まない白紙でも構わないと提案し、相手はそれを飲んだのだ。
後になってグラントゥルコ侯爵家令嬢がメリハリボディの派手目の美少女だと知り、領地も盛り返して裕福になった頃、逃がした魚の大きさを知って歯が折れそうなほど悔しがる伯爵家子息が見られることだろう。
あとのことはグラントゥルコ侯爵家でどうにかするだろうと、アリエスは手土産のテレーゼ特製シリーズをたくさんと茶葉も色々と渡して邸をあとにしたのだが、久しぶりに食べた甘く美味しいお菓子にグラントゥルコ侯爵や使用人はひっそりと涙したのだった。
アマデオ兄貴が引く馬車にディメンションルームの入り口を展開したアリエスは、その中にあるコテージへと仲間を連れて入った。
御者席には、いつもの如くミロワールが座っているが、これといって何か指示を出しているわけではなく、ただ座っているだけである。
コテージのテラスにてベアトリクスに寄りかかり、ムーちゃんを顔に乗せてお腹を堪能しているアリエスの横では
将棋の駒は掴めないがチェスならば掴めると、ジャオは楽しそうに遊んでいるのだが、なかなか賢い。
ちなみにアリエスはチェスなどのボードゲームは不得手である。
前世で兄の康一に教えてもらっていたが、何度説明されてもサッパリ理解できなかった。
そんなダラけたアリエスのもとへ、ウェルリアムがやって来た。
彼は少し困った顔をしてアリエスの横に座り、「女性の機嫌って、どうやったら直りますか?」と、へにょっとした顔で尋ねた。
ムーちゃんのお腹を堪能するのを一旦やめたアリエスは、「花、菓子、光り物。以上」という何とも言えないアドバイスをしたのだが、そのくらいはウェルリアムだって思いついており、既にやってみた後である。
「そもそも何で機嫌が悪いんだよ?ていうか、誰の機嫌が悪いんだ?」
「婚約者のコンスタンサ様です」
「リム、お前もしかして婚約者のこと敬称つけて呼んでんのか?」
「そうですよ?だって相手は王女様ですし」
「私も王女だぞ?」
「あれ?」
「あれ?じゃねぇよ。婚約も公表されたことだしって言って呼び捨てにするか愛称で呼ぶかしてやれよ」
「んー、なるほど。原因に心当たりはないので、そうしてみます」
「そうか。あ、そうだ。第一王子も苦労してるみたいだったから、差し入れ頼むわ」
アリエスは、
「あ、やった!パイもある!これ、ヤォツァーオの家族みんな好きなんですよー。今度、母の祖父母を招いて個人的な茶会をする予定なので、そこで出そうかな」
「ん?それなら、追加で持っていけ。今な、ルシオの妹カルラがテレーゼに弟子入りしててな。それでたくさん作ったんだよ。今、出したやつはテレーゼ作だからな。カルラが作ったのはこっちで食べてるから」
「へぇー、そうなんですか。そういえば冒険者活動って、あまりされていませんよね?」
「うん、ちょっと飽きたからな」
冒険者活動が飽きたアリエスに合わせて休業中のメンバーは、それぞれに好きなことをやり始めたのだが、彼女と一緒に稼いだ金額がとんでもないことになっている上に、家賃や宿代が掛からないため、かなり懐に余裕があるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます