第二話 やろうとしていること

 ミストとブラッディ・ライアンに畑の土壌を確認してもらったところ、肥料が合っていない苗に関しては、その苗に合った肥料を使っている畑と交換すれば何とかなるし、水分と肥料の調整をすれば大丈夫なものもあった。


 しかし、中にはどうにもならない作物もあったのだが、そこまで気を配る必要はないと判断したため、どうにか出来そうなものだけをリスト化してすぐに対応できるようにして、水分が多くなってしまっている畑には、吸水ブロックを置いてもらうことにした。


 この吸水ブロックは、ミーテレーノ伯爵領で作られているシットリラディースの葉っぱを使ったもので、ぐんぐん水分を吸水してくれる優れものなのだ。


 このブロックを使った長めの杭を作り、地中に埋める先端には水分を流す機能を付けてあり、空気中や地中から吸収した水分を地中の奥へと流してくれる。

この吸水ブロックのレシピは既にミーテレーノ伯爵家へと売ってあり、支払いは分割払いになっている。


 ミストとブラッディ・ライアンからの結果を聞いたアリエスは、「どうにもならない作物に関しては、あっちでどうにかしてもらうしかねぇな」と溜め息をついた。


 「何でもかんでも全部こっちで考える必要もないしな」

「そうだね。僕とパパがリスト化したこれだけでも十分だと思うよ?それに加えて吸水ブロックも貸してあげるんだから」

「ミーテレーノ伯爵領みたいにずっと必要なわけじゃないからな。ズボッと突っ込んである程度水分が抜けたら引っこ抜くことになるし」


 かなり逼迫ひっぱくしている状況にあるグラントゥルコ侯爵領のことを考えて、こちらへは吸水ブロックをレンタルにし、代金は分割払いにすることにした。


 作物の植え替え、水と肥料の調整などを記したリストと吸水ブロックを携えたアリエスたちは、いつもの如く突撃訪問をした。

王族入りして侯爵位を持ったとしても、やることは変わらないのだが、地位を持ったことによって更に文句を言えなくなった。なんともタチの悪いことだ。


 突撃訪問に対応したのはグラントゥルコ侯爵本人で、邸の芝生を風魔法で刈り取って整えていたところだった。

経費削減で自分たちでやれることはやろうと切り詰めまくっており、邸は全体的に寂れて薄汚れていた。


 グラントゥルコ侯爵自ら邸へと招き入れて案内してくれたのだが、邸内は調度品もほとんどなく、パッチワークのタペストリーやグラントゥルコ侯爵が若い頃に手慰みで描いた絵などがあるだけであった。


 老齢のメイドがお茶を出してくれたのだが、グラントゥルコ侯爵家では茶葉も買えずにいるので、お茶は客人にしか出さない。


 グラントゥルコ侯爵は、こんな状況であっても笑顔を崩さずに精一杯のもてなしをしようと心を尽くしてくれており、それを受けたアリエスは、「よし、お土産はテレーゼ特製シリーズを出してやろう。手作りの品だからと言えば、そんなに遠慮はしないだろう」と、脳内でお土産をピックアップした。


 アリーたんや。テレーゼ特製の品々は王都の有名料理人をも唸らせる出来なのを知っていて渡そうとしているな。顔が悪巧みの表情になっていて、グラントゥルコ侯爵が内心で冷や汗タラタラになっているぞ。


 「まどろっこしいのは苦手でね。単刀直入に言うけど、お宅の領地の畑、おかしいことになってるぞ?」

「おかしいこと、ですか?」

「苗と肥料が合ってなかったり水分量を間違えていたりと、めちゃくちゃだったぞ?てことで、これ対策リストと道具な。レンタルで支払いは分割でも構わない。私は金には困ってないからな」

「…………は?えっ、えぇ!!?」

「デビュタントの夜会で娘さんを見たよ。あの婿予定のヤツ。あれで良いのか?」

「うぐっ……。そう……申されましても……」

「他人の家のことに首を突っ込むつもりはないが、これで改善できれば少しはマシになるんじゃないかと思ってな」


 アリエスの申し出に「あの、その、えっと」と、何やら言いにくそうにしているグラントゥルコ侯爵。

その様子を訝しんだアリエスは、何かあるのかと、気になるからハッキリ言えと話を促した。


 覚悟を決めたグラントゥルコ侯爵は、「実は……」と言って語り出したのだが、その内容にアリエスはポカーンとするしかなかった。


 デビュタントの夜会で壁の花となって俯いていたグラントゥルコ侯爵家令嬢。

普段は簡素な装いとワザと・・・地味に見える化粧を施して、「上位貴族なのに貧乏領地の可哀想な令嬢」を作り上げているのだが、実際の彼女は目鼻立ちのハッキリしたメリハリボディの美少女なのだという。


 「自分の娘ですからね。贔屓目があってのことだろうと思われるかもしれませんが、それを抜きにしても本当に美しいのですよ、うちの娘は。スタイルの良さを隠すために野暮ったい衣装を着ていたりもするんです」

「何のためにそんなことしてんだよ……」

「婿入り予定の子息に不貞を働かせるためです」

「はぁ?」

「グラントゥルコ侯爵家を次ぐのは、うちの娘です。次代の継承権も娘が産んだ子になります。ですので、入婿になる彼に愛人など許されるはずがありません。しかし、娘の含みのある言い方で彼は自分が侯爵家当主となるのだと思っているのです」


 ハルルエスタート王国の法律には、入婿と婿養子の2種類がある。

グラントゥルコ侯爵家の場合を例にすると、グラントゥルコ侯爵家令嬢が当主となって婿を取るのが入婿、グラントゥルコ侯爵家令嬢が結婚して夫に当主を任せるのが婿養子となる。


 つまり、グラントゥルコ侯爵家令嬢の婚約者が浮気をしていた場合、相手側の有責で婚約破棄を突き付けて慰謝料を請求することが可能なのだ。


 「じゃあ何か?金目当てに嵌めてる最中だってのか?」

「……はい。本来ならば、出て行ってしまいましたが、正妻との間に出来た元娘が家を継ぐはずだったのです。それが、こんなことになり、あの子に回ってしまった。美しいあの子を元娘は妬み、自分より着飾ることや目立つことを許さなかったために、周囲にあの子が美しいということが知られることはなかったのです」

「いいんだか悪いんだか、良く分かんねぇことになってんだな」


 グラントゥルコ侯爵は懺悔をするような面持ちで更にとんでもないことを言った。


 それは、グラントゥルコ侯爵家令嬢が跡取りとなる前の話で、そのときに婚約をするはずだった男爵家の子息がいた。

グラントゥルコ侯爵家が所有する男爵位を彼女が貰い、彼を婿とする予定で話を進めていたのだが、彼女が次期当主となることが決まってしまったために、その話は流れたのだ。


 「だが、娘は諦めていなかった。今回、婚約破棄が成功すればまとまった大金と一応ケチがついたということで、次の婚約者の地位を下げることが可能になるのです」

「なるほどなー。でも、それって今の婚約者が誠実であれば起こらなかった話だろ?蔑ろにされたから嵌めようとしてんじゃないのか?」

「ええ、あの子も最初は歩み寄ろうと努力していたのですがね……」


 アリエスは、「他人の家の話だからな。まあ好きにすればいいと思うぞ。私は領地が何とかなればとアドバイスしに来ただけだから」と、グラントゥルコ侯爵家令嬢がやろうとしていることをスルーしたのだった。




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