第十話 お次は

 騒ぎが収まり再び歓談に戻る者やダンスを始める者などで、先程までの賑わいに戻り始めた会場をぼんやり見ていたアリエスは、くるりと振り向きロッシュを見上げると、「次の予定は、お母様のじいちゃんに会いに行く」と言った。


 本来ならば次の予定は逼迫した状況にある領地へ様子を見に行くはずであったのだが、それはアリエスの好奇心や善意によるものなので強制することは出来ない。

そのため、アリエスが次にどこへ行こうが自由なのだ。


 ということでアリエスは、ロッシュをキラキラした目で見上げて、可愛らしく首を傾げた。

彼女にとってロッシュも祖父なのだ。


 アリエスの思いを察し、はぅあっ!という心の内を全く表に出さずにロッシュは、「わたくしめと踊っていただけますか、お姫様?」と、手を差し出し、その手を嬉しそうに取ったアリエスは、「はい、喜んで。ふふっ」と堪えきれずに笑った。


 ロッシュが平民であることを知っている者は、彼が何者か知っているので特に何も言わないが、驚きを隠そうとして顔が少々引きつっている。

彼が何者かって、「物陰にはピート」と呼ばれた凄腕諜報員を大叔父に持つ人である。先々代国王の息子ではなく、そちらで有名だったりするのだ。


 中盤に差し掛かったアップテンポな曲に合わせて楽しげに踊る美形な二人を肉食獣が狙おうとするが、その視線を感知した二人から鋭く見られてすごすごと退散するしかなかった。

ロッシュは、邪な視線を感じて「わたくしの可愛い孫娘に何か?」と笑顔でメンチを切り、アリエスは、「ケンカなら買うぞオラァっ!」といった感じでフツーに睨んでいた。久々のヤンキー降臨である。


 会場をくるくる踊りながら回っていたアリエスは、壁の花になって俯いている割と簡素な装いの令嬢が目に入り、その彼女を見てコソコソと話し嗤う小さな集団にも気付いた。


 「なあ、ロッシュ。あれ、何?」

「ああ、あちらは、グラントゥルコ侯爵家のご令嬢ですね」

「ん?枯れ芝リストにあった次に行こうとしていた所じゃん。侯爵家であのドレスって、かなり経済状況が悪そうだな」

「ええ、そのようですね。何でも、貧乏暮らしに耐えられないと夫人は離縁し、娘を連れて実家に身を寄せたと聞いております」

「てことは、あのお嬢さん側室の娘か?」

「左様にございます。グラントゥルコ侯爵家には子供は三人いますが三人とも娘で、正妻との間に一人、側室との間に二人いますね。経済支援を受けるために伯爵家から婿を取るということですが、あの嘲笑を浮かべているご令嬢方に囲まれている男性がそうです」

「ロクなもんじゃねぇな。……ん。じいちゃんに会いに行く前に寄って行ってやるか」


 ロッシュとのダンスを終えたアリエスは、先程までいた王族専用スペースへと戻ってくると、お酒を片手に「リムママは、まだかなー?」と会場内を見回し。

ウェルリアムの母親が貴族の子であった可能性が出てきたので、それを確認するために彼女と会おうと思っていたアリエスだったが、ウェルリアムが王女と婚約しており、デビュタントの夜会も控えているということで忙しく、会えるのはこの場になったのだ。


 ウェルリアムとリムママ、そして初見の男性がアリエスの近くまでやって来たのだが、そこに第一王女コンスタンサの姿はなかった。

いないのならばそれでいいや、とスルーしたアリエスなのだが、王妃が気を利かせて第一王女コンスタンサを足止めしており、その隙にアリエスのところへ行くよう促したのだ。


 挨拶を終えたアリエスがリムママを万物鑑定してみた結果、ミーテレーノ伯爵家嫡男の妻メラーニアから仕入れた情報と合致した。


 「つまり、ミーテレーノ伯爵家嫡男の妻メラーニア様と従姉妹になるな」

「まあ……。わたくしの両親が貴族だったなんて……」

「おやまあ。ミーテレーノ伯爵家へと嫁がれた方はララリムママの父方の従姉妹になるんだね。母親の実家であるその伯爵家から側室をどうかと、しつこく言われていたんだけど断って正解だったよ」

「へぇー、いつ言われたんだ?」

「リムの体調が安定して、すぐくらいだったかな?」


 つまり、リム親子を受け入れてほしいという話が来たすぐあと、ということになるのだが、周囲にその話がバレるのは困るので作られた設定をもとに話している。


 「そっかー。ララさんは、両親のことは知らないんだっけ?」

「ええ、物心ついた時には孤児院におりましたし、院長先生もわたくしの両親のことは分からないと申されておりましたわ」

「じゃあ、仕方ないね。メラーニア様は、もし本当に従姉妹ならば嬉しく思うと、そう言っていたから、会ってみるのも良いかもしれないね。ていうか、見た目が似てたぞ」

「まあっ、そうなのですか?それは、楽しみですわ」

「ララさんの出自は私が保証するから、まあ母親の実家である伯爵家はともかく父親の実家である男爵家とは交流を持ってみるのも良いかもな」


 アリエスの話によって両親はともかく血の繋がった祖父母に会えるかもしれないと、期待に胸をふくらませるララであったが、実はララの戸籍は貴族籍で作られており、改めて伯爵家・・・令嬢としてヤオツァーオ公爵家へと嫁ぐことになった。


 ララの母親の実家、つまり伯爵家にとっては娘が駆け落ちしたことで「間違っていたのは自分たちの方だったのではないか」と、段々と思うようになっていったのだが、今更言ったことを覆すわけにも態度を変えるわけにもいかず、意固地になっていた。

そこへ駆け落ちした娘から夫との間に娘が生まれ、名前をララと付けたという手紙が届いたので、伯爵家で「ララティーヌ」という名で出生届を出してあったのだ。


 ララの母親は、実家へ出した手紙に自分たちの住所を書いておらず、手紙の様子から問題は無さそうだと判断した伯爵家では、放置することにしており、ララが孤児院で育ったことを知って涙を流して謝った。

意固地にならず捜せば良かった、と。


 そんなやり取りをデビュタントの夜会の片隅でしているのをアリエスは、「んふふっ」と、楽しそうに見ていたのだった。


 




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