第七話 身内です
ヤォツァーオ公爵とのお喋りが終わる頃には、デビュタントたちもダンスを終えて家族と合流し始めた。
合流後は嫁ぎ先または婿入り先の家族と共に挨拶をして回ることになるので、ダンスフロアに人は少なくなる。
デビュタントの夜会では、序盤は緩やかな曲調で、中盤は盛り上がるような楽しげな曲に、終盤はしっとりとした感じになるため、ダンスに自信のない者や体力のない者は序盤か終盤に踊ることが多い。
そして、夜会では最低でも3回は踊らないと「つまらない」と言っているようなものなのだが、体力的な問題であったり体調が思わしくなかったりと、理由があれば踊らなくても良いのだ。
「ということで、アリエス嬢。一曲お願いします」
「何が、ということでなのかサッパリなんだけど」
ヤォツァーオ公爵に挨拶したい人が控えめにアリエスの方を気にしていたので、それを察したヤォツァーオ公爵はにこやかに辞去の言葉を残して去って行ったところをボニファシオが声を掛けてきたのだ。
「婚約者が参加していない夜会で身内以外と踊るのは嫌なんだよ。だから、姉上や姪っ子にもお願いしてあるんだけどね。もちろんアリエス嬢に関しては兄上から許可をもらってあるから安心してね!」
「いや、何で父ちゃんの許可が……って、あ、そうか。私のエスコート相手が父ちゃんだからか」
「そういうことー。では、お手をどうぞ」
「へいへい」
国王と踊ったときよりものんびりとした踊りでフロアを泳いでいく二人を嫉妬混じりの強い視線で追う女性がちらほら。
それに気付いたアリエスは、「叔父さん、めっちゃ睨まれてんだけど?」と困惑した様子であった。
「あー、ごめんね。僕がずっと独身だったから狙ってる女性はかなり多かったんだよ。しかも辺境伯領を賜わったでしょ?でも煩わしくて夜会にもあまり出ずにダンスも誘わなかったからさ」
「身内で3曲済ませてたってこと?それなら何で私が睨まれるわけ?」
「その頭に載ってるティアラが目に入ってないか、意味を理解してない知能の足りないおバカってこと」
「辛辣ぅー。でも私まだ王族に入ってないじゃん?何でティアラ載ってんの?」
「これだけ国に貢献してて王族に入らないわけにはいかないよ。他の王族の肩身が狭くなるからね?元準王族の冒険者がこれだけの功績をあげているのに、ねぇ?みたいに言われるから」
「しょーもな」
「あとアリエス嬢が他国に移住して、その国の人になられるのも困るからだね」
「あー、なるほど。なるつもりはないけど未来のことまでは分かんないもんなー」
ゆーるゆーるクルクルと踊り終えたアリエスとボニファシオは、先程までいた王族専用スペースへと戻ってきた。
この場所へは王族に伴われるか呼ばれるかしなければ踏み入ることは出来ないのだが、特に間仕切りなどはないため、挨拶をしたい人が近付いてくることはある。
そこへプロメッサ侯爵家当主代理夫人となったヴィオラことヴィオレッタが執事にエスコートされてやって来た。
執事はもちろんプロメッサ侯爵家子息だとされていた、庇護欲をそそる小さいお兄さんベネディクトである。
ヴィオレッタに気付いたアリエスはボニファシオと離れると、彼は「姪っ子にダンスを頼んでくるよー」と去って行った。
「久しぶりだな、ヴィオラ。元気そうで良かった」
「お久しぶりにございます、アリエス様。おかげさまで充実した日々を過ごさせていただいておりますわ」
「そっか。よかった、よかった。それにしても、どこからどう見ても貴族夫人だな。さすがだわ。トムもいい人を見つけたよなぁ」
「ふふ、ありがとう存じます」
「んで、後ろにいるのは?」
「はい、こちらは、シルトクレーテ伯爵家当主のアルトゥールにございます」
「ああ、トムの弟だっけ。はじめまして、シルトクレーテ伯爵。ゴールドランク冒険者のアリエスだ、よろしく」
「はじめまして、アリエス様。シルトクレーテ伯爵家当主アルトゥール・ゲルト・シルトクレーテと申します。兄上や領地のことなど、大変お世話になり、ありがとうございました」
「どういたしまして。て言っても偶然だしな。それにあのダンジョン楽しかったし」
ダンジョン内のセーフティーエリアにあった入れ歯のようなソファーを思い出して笑うアリエスであったが、そこまでたどり着ける冒険者はとても少なく、その話だけで彼女がどれほどの実力を有しているのかが窺い知れるというものである。
挨拶を終えたアリエスは、ヴィオレッタからプロメッサ侯爵家に移ってからの話を聞いた。
ヴィオレッタが言うには、プロメッサ侯爵家のことを知るために引退したり辞めていった年配層を中心に話を聞いてみたところ、姦通罪で処刑されたベネディクトの母親であるクレーレが、ただの「くれくれ魔人」ではなかったのではないかということだった。
ジークムントことトムとシルトクレーテ伯爵家当主の母親である元プロメッサ侯爵家令嬢は、男装の麗人といった感じの人であった。
彼女は可愛らしいものが好きだったのだが、義妹であったクレーレがことごとくそれを奪っており、最終的には婚約者まで奪っていったのだが、その後の行動を見るに、どうやら義姉に対して歪んだ愛情を持っていたのではないかと結論付けたのだ。
「おそらくクレーレは、トムたちの母親であるクラウディア様を男性として見ていたのではないかと思うの。ご年配の侍女の一人が薄気味悪くて覚えていたのですが、『姉様なんて嘘よ。彼はクラウディオなの。クラウディアなんて名前の姉ではないわ』と言って、クラウディア様の騎乗用の服を抱きしめて、うっとりとした目で歪んだような笑みを浮かべていたそうだから」
「おぅわぁー。きもっ!」
「ええ、そうですわね。義姉を恋愛的な意味で愛してしまったのならば、まだ理解は出来ますわ。でも、それを自分の都合のいいように事実をねじ曲げて認識して、そこに当てはめようとするのは違いますもの」
「なるほどなー。ただの欲望魔人じゃなかったのか。つまり、男性的な持ち物は残して女性的なものや婚約者も奪った、と。そういうことか。だから、子供を産んだことも認められず、それも奪おうとしたのか」
アリエスはヴィオレッタの話を聞いて、欲望魔人が
ペットよろしく飼われたんじゃねぇか?という言葉にヴィオレッタとシルトクレーテ伯爵家当主は青い顔をしたのだった。
デビュタントの夜会というおめでたい場なのだから、この話はここまでにしようと、アリエスは執事となったベネディクトへも「身体に気をつけてなー」と、声をかけた。
本来ならば執事に声を掛けることはしないのだが、アリエスはアリエスなので関係ねぇのである。
産みの母親であるクレーレの異様な側面を知ったベネディクトには、これからの人生を元気で幸せに過ごしてほしいとアリエスは思ったからなのだが、それを受けた彼は「はい、ありがとうございます」と、嬉しそうにぽやぽやと花を振りまいていた。
ティアラを載せたアリエスが執事となったベネディクトにも声を掛けたことで、彼の友人たちもベネディクトに声を掛けられるようになったため、プロメッサ侯爵家はスムーズに人脈を広げていけたのだが、アリエスはそんなことに気付きもせず、ロッシュから手渡されたお酒を楽しんでいたのだった。
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