第六話 お礼を言いに

 第一王子とアリエスがお喋りしている間、彼の婚約者はひっそりと半歩下がって控えており、話に加わることはなかった。

王家の中の話というのもあるが、こういった場面でしゃしゃり出て口を挟むのは、はしたないとされているからであった。


 王弟ボニファシオは、ジラソーレ侯爵夫妻とオリオール伯爵夫妻をそばへ呼んでおり、アリエスと王子の話が終わるのをお喋りしながら待っていた。

話が終わった第一王子とその婚約者が去って行ったので、王弟ボニファシオは、「アリエス嬢、いいかな?」と声をかけた。


 「ん?なぁに、ボニファシオ叔父様」

「ぐふっ……。いや、まあ、そういった言葉遣いが出来るのならば、それでも良いんだけど、違和感しかないね」

「まあ、ひどいことを仰るのね、叔父様ったら」

「ぶふっ、いや、ごめん。お願い、普通にしてて?笑って話どころじゃなくなるから」

「はーい」


 初対面のお貴族様がいるからと気を使って丁寧な言葉を心掛けたが、まさかの笑っちゃう発言で普段通りの喋り方に戻すことになったアリーたんであった。


 ジラソーレ侯爵夫妻は、オリオール伯爵家ほどではないが王家とは距離を置いていたのだが、王弟ボニファシオとジラソーレ侯爵家三男の前世であるエメリーヌに神による試練が課されていたことを知って態度を改めることにしたのだ。

和解したという表現を使わないのは、表立って批判をしていたわけではないからだ。


 「アリエスさん、本当にありがとう。何とお礼を申し上げて良いやら……。またエメエメリーヌに会えるだなんて……。しかも、わたくしの子として、よ?本当に、ありがとう……っ」

「私は何もしてないよ。何か変な三文芝居っていうの?そんなのが繰り広げられてたところに遭遇しただけだし」

「まあ、確かにね。訴えかけてきた幼女が前世持ちかどうかをアリエス嬢に確認してもらわなければ、ジョヴァンナは行動に移さなかったかもしれないからね」

「ていうか、さ。叔父さんもヘタレだよな。手順なんてスっ飛ばして『俺が愛してんのは、お前だ!』くらい言っておけば良かったものを」

「いや、アリエス嬢、くらい・・・って、それ核心部分だから!……色々と事情があったんだよ」

「まあ、試練があったってことは、生半可な状況には置かれてないわな」


 アリエスのその言葉に神妙に頷く一同。

オリオール伯爵家はエメリーヌの兄が継いでおり、領地には引退した両親が健在ということで、連絡を受けて王都へと向かっている最中だった。


 「私も両親ほどではないが思うところはあった。しかし、両親のあの態度では不敬罪に問われてもおかしくない程であったからな。王都から離れて領地にいた方がマシだろうと、代替わりをしたのです」

「そっか。王都へ向かってるってことは、大丈夫そうなの?」

「何もなかったように振る舞うことは出来ないが、代替わりをしているので社交界にそれほど顔を出すこともないですからね。心配はいらないでしょう」

「生まれ変わりといっても、ジョヴァン……ナから生まれる子は、ちゃんとオリオール伯爵家の血を引いた子になるからな」

「ええ、そうですね。待ち遠しいが、授かりものだから気長に待つとするよ」


 そこで王弟ボニファシオは、女体化(完全版)を本当にお祝いの品として貰っても良かったのか聞いたのだが、それは、ジラソーレ侯爵夫妻とオリオール伯爵が「そんな高価で希少なものを貰ってしまっても良いものなのか」と、気にしていたからであった。


 アリエスは、パーティーメンバーのために用意して残った物なので気にしなくて良いと言って、欲しければまた素材を取ってきて作れば良いだけだからと、快活に笑ったのだった。


 アリエスのもとへ向かって来る人たちが見えたので、場所をあけるためにジラソーレ侯爵夫妻とオリオール伯爵夫妻は改めてお礼を言いうと去って行った。


 「やあ、アリエスさん、お久しぶりですね。今日は、まるで妖精のような愛らしい装いで、とても似合っておりますよ」

「お久しぶりです、ヤォツァーオ公爵閣下。お褒めに預かり恐悦至極に存じます。ヤォツァーオ公爵閣下も素敵なお召し物ですわね、特に袖口の刺繍が素晴らしいです」

「おや、ありがとう。ふふ、袖口の刺繍は妻の力作なのだよ。いつもリムを可愛がっていただき感謝しております。ああ、普段と同じく緩やかに会話を楽しみましょう、ね?」

「あ、はい。こちらこそ助かってるよ。なんか、父ちゃんがゴメンな。引っ張り回してるらしくて」

「ほっほっ、リムからは楽しそうな報告ばかりですからな。あの子も楽しんでいるので大丈夫でしょう。それにしても、あのキントンパイでしたかな?とても美味でした。いただいたレシピ通りにうちの料理人に作ってもらっているのですが、なかなかあの味にはなりませんな」

「テレーゼの腕は凄いからなー。訪ねて来たら、またお土産に色々と持たせるので楽しんでください」


 ヤォツァーオ公爵が向かってきたことに気付いたロッシュから、こしょっと「袖口の刺繍を褒めてくださいね」と助言があったため、その通りにしたアリエス。

しかし、公爵が近付き、その袖口がよく見えたところでちょっと固まってしまったのだが、それに気付いたのはロッシュだけだろう。


 ヤォツァーオ公爵の袖口には、「ダーリンあいしてる」と文字が刺繍されており、アリエスの方からは見えなかったのだが、そこには公爵夫人の名前が刺繍されている。


 刺繍を褒められて嬉しそうに照れているヤォツァーオ公爵を見てアリエスは、「夫婦仲が良いんだなー。私は勘弁だけど」と、前世のペアルックで出掛けるカップルを思い出したのだった。

 

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