第六話 呼び方
何をどう言おうが人様の領地なので、アリエスがそれ以上言うことはなかったが、何やら考え込んでしまったデルフィーノに彼女は、「金儲けだけが領地のためじゃないってのは覚えておいてほしい」と言った。
しかし、ミーテレーノ伯爵家はこの濃霧によって少々財政が傾いており、メラーニアが嫁いできたのも融資のための政略結婚であった。
「でもね、アリエスさん。年に2回収穫できているシットリラディースを霧を薄くするために夏場の収穫のみにするとなると、冬場の収穫の代わりになるようなものを考えないと財政は傾く一方になりますわ」
「そうなんだけど。はっきり言うと湿度が高いのも病気の原因になるよ?カビや菌も増えるし、あんまり良くないんだよ。霧が晴れれば他の品種も植えられるようにならないかな?」
「一応ですが、あまり日が当たらなくても育てられる野菜があるということで、その種を実家が送って来てくれたのですが……、どうも口に合わなくて……」
育て方も同封されていたため試しに栽培してみたところ、この濃霧でも何とかギリギリ育ってくれるような品種ではあったが、シットリラディースの代替品になるとは思えなかった。
それに、メラーニアが口に合わないと言ったのは、妊娠中による味覚の変化などではなく、ミーテレーノ伯爵家に住まう者で味見をしてみた結果である。
現物はないが種ならばまだ残っているということでアリエスが万物鑑定してみた結果、名称がルネーギだった。うん、ネギじゃね?
アリエスは、「これは、テレーゼさん案件です。
お仕事をしているアリエスのために美味しい夕食を作っていたテレーゼは、アリエスが呼んでいるということで即座に残りの仕事をフリードリヒに押し付けて、駆けつけた。
ミーテレーノ伯爵家先代当主と嫡男の正妻がいるところへ平民のメイドを連れてくるという非常識なことをやらかすアリーたんであるが、それを咎められる者などここにはいないので、彼女のやらかすままに事態は進んでいく。平民のメイドといってもテレーゼは王宮の離れに勤めていたので割りとエリートではあるが。
「なあ、テレーゼ。ネギあるじゃん?あれの味付けに使わないものってある?」
「ミーテレーノ伯爵領を含めハルルエスタート王国南西部の伝統的な味付けには合わないかと存じます。合うのは北東辺りになるかと愚考いたします」
「やっぱりね。このルネーギ自体が北部原産だしな。てことで、そっち系の味付けで試してみて。テレーゼ、簡単なレシピお願いできる?」
「かしこまりました」
平民のメイドとは思えないほどキッチリした礼をとるテレーゼに呆気にとられるミーテレーノ伯爵家の面々。
お茶をしているスペースから少し離れて、テレーゼからルネーギに合う味付けを教えてもらう料理人。とてもシュールな絵面である。
お茶と共に出されたシットリラディースを使ったお菓子が美味しく、うまうまと食べてはお茶を飲んでを繰り返してご満悦なアリーたんは、これを王都では見たことがなかったので、デルフィーノに尋ねてみたところ、収穫して3日も過ぎると実が崩れていくため、
「3日で崩れるとはいえ、砂糖を使わずに済むほど甘いので、ジャムや乾燥させたものを売っているのだ。
「3日って、マジか。ここの市場へ行けば
「ああ、朝市であれば売っているが、手土産にこちらで用意しておいたので、帰りに持って行くが良いぞ」
「やった!すっごい美味しかったからさぁ、父ちゃんにも食べさせてやりたくてさ」
「と……、は?父ちゃん……?」
そうか、そうか、父親に食べさせてやりたいか、親孝行だなって、ちょっと待て、と大混乱しているデルフィーノ。
彼女の父親って国王陛下ではなかったか?陛下を父ちゃんなどと呼んでいるのか?それが許されている?そんな、まさか……と思考がグルングルンである。
デルフィーノは、恐る恐るといった感じでアリエスに国王陛下を目の前にしてそう呼ぶのか聞いたところ、キョトンした顔で「父ちゃんを父ちゃんと呼ばずに何て呼ぶんだよ」と返ってきた。そうだけど、そうじゃない。
「あ、あの、アリエスさん。お父様とか、父上とは呼びませんの?」
「あー、公式な場で呼ぶことがあれば、そう呼ぶ……かな?」
「是非とも公式な場では、そうしていただきたく思いますが、ええ、周囲のためにも。ですが、それは国王陛下の御心次第になるのでしょうね。わたくし共が口にすべきことでは、ございませんものね」
「気になっちゃう?」
「そう……ですわね、こう……何と申しましょうか、背筋を伸ばして姿勢を崩さないよう紳士として、淑女として、そう在ろうとするのが抜けていきそうになりますわね。ええ、本物の紳士、淑女であれば、そのようなことにはなりませんわ。ですので、アリエスさんは、アリエスさんのままでよろしいのではないかしら?国王陛下のお望みになるままで良いのですわ」
国王に丸投げしよったメラーニアさんであったが、冷静に見えていて実は彼女も混乱していたのだった。
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