第五話 お湯の活用法
ため池から湯気が出ている原因が分かったので、これ以上ここに留まる必要はなく、ミーテレーノ伯爵家先代当主デルフィーノが邸へ戻ると言うので、一緒に戻ることにしたアリエス。
邸の庭で嫡男の正妻メラーニアがお茶をしていると聞いたデルフィーノは、今後のことで相談があるためアリエスを連れて席を共にしても良いか尋ねると了承されたが、デルフィーノは着替えなければならないので、アリエスは先に庭へと通された。
「こんにちは、メラーニア様」
「はい、こんにちは、アリエスさん」
「うーん、やっぱり何か似てるんだよねぇ……」
「まあ、ふふっ、どなたにかしら?」
「んっとね、あー、でも気を悪くしないでね?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「リム、ヤオツァーオ公爵家嫡男の第二子ウェルリアムを産んだお母さんと、メラーニア様が似てるなぁって思って」
「……え?えぇ?こ、公爵家の第二子をお産みになられたのって、ご側室の方ですわよね?お家は、どちらなのかしら?」
「両親のことは何も知らないんだって。というか、平民だったし」
アリエスからヤオツァーオ公爵家嫡男の側室に似ていると言われたメラーニアは、しばらく目を閉じて考えたあと、先程までの柔らかな表情ではなく真剣な顔で話し始めた。
「わたくしの父には兄がいたのですが、恋仲となった人と一緒になれないのならばと駆け落ちしているのです」
「身分違いの恋?」
「ええ、わたくしの実家は男爵家、お相手は伯爵家のご令嬢だと聞き及んでおりますわ。今でこそ裕福になりましたが、父が若かった頃は貧しかったそうで、政略的なうまみが全くない婚姻など許可できないと、お相手の伯爵家から言われたそうですわ」
「それで駆け落ちされてりゃ世話ないわー」
「最初の頃は『娘を誘拐して金でもせびる気か』などと件の伯爵家から散々罵られたらしく、祖父からすれば大事な嫡男を誑かされて失うはめになったのだからと憤慨して、今の財を築いたそうですわ」
「なるほど。ねぇ、駆け落ちした二人の名前って分かるかな?」
メラーニアは伯父の名前は分かるが、伯爵家令嬢の名前までは分からないということであったが、古い貴族名鑑を見れば名前が載っているだろうからと、使用人に持って来させて調べてくれた。
その名前をロッシュに控えておいてもらったアリエスは、丁度、着替え終わったデルフィーノがやって来たので、話を温泉観光地に切り替えたのだった。
席につき、新たにお茶が入れられると、それを口にしてひと息入れたデルフィーノは難しそうな顔で話し始めた。
「あまり観光地というものにはしたくないのだ。先程も言ったと思うが、シットリラディースによってこの領地は支えられている。つまり、農村が多いため、観光地化して治安が悪くなったりすると、それに対応できる武力が少ないのだ」
「んじゃ、療養施設は?不治の病とか、長期的に治療が必要な人が滞在するための施設」
「それも良いかもしれんが、病気の治療中に霧の中というのも鬱々とせぬか?」
「あぁー、ちょっとキツいかもね。あ、じゃあさ、公共浴場は?別にお金儲けばかりが利用法じゃないと思うし、領民に還元するのはどうかな?清潔にしている方が病気には罹り難いとはいえ、それを実践できる家ばかりじゃないと思うんだよねぇ。ていうか、汚い宿が多いってことは、一般家庭も似たようなもんじゃないかな?」
アリエスは、貧民街出身なのに前世の記憶に影響されて常に身綺麗にしていたウェルリアムが特殊なのであって、普通の一般家庭がそれほど清潔ではないことを冒険者になって知った。
市場などの商売をしている人はなるべく身綺麗にはしているが、道行く人はあまり清潔ではなかったし、冒険者にもなると汗と獲物の血と革鎧に染み込んだ臭いとで、吐き気が込み上げてくる人もいたほどであった。
伯爵家ともなれば直接目にするのは富裕層が多いし、そういう人は常に身綺麗にしているためアリエスの言葉にピンときていなかったデルフィーノ。
そんな彼にアリエスは更に言葉を重ねた。
「うーん、私も冒険者になるまで知らなかったんだけどさ。『いい宿』っていうのは、清潔なことでも料理が美味しいことでもないんだって」
「いや、それを抜いたら何も残らんだろう」
「私も最初はそう思ったよ。でもさ、いい宿っていうのは、『手癖の悪いのがいない』ことなんだってさ。つまり、清潔なのは二の次なんだよ」
「なんと……。どこの領地の話だ。そのような不衛生で管理の悪い宿があるのは」
「いや、どこもそうだよ。王都にもあったぞ?」
「いくらアリエス嬢といえども、そのような冗談は看過できませぬぞ!」
「ほらね?知らないだろ?私も冒険者になるまで知らなかったもん。デルフィーノ様も平民と接したことはあるだろうし、街にも行ったことはあるだろうけど、それって安全面を考慮された富裕層がいる街だけなんじゃないの?」
アリエスに、本当の平民の暮らしを見ていない、上辺だけしか見ていないと言われてハッとしたデルフィーノ。
領内に貧困層がいないなどと安易な考えは持っていないが、報告される文章でしか知らないのだということを突きつけられたように思えたのだった。
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