第三話 濃霧
デビュタントの夜会は、春に行われる新年のパーティーの後に開催されるのだが、年始までそれほど日数がないということで、2つあった候補地のうち、現在いる王家直轄ミースムシェル領から近い方にある伯爵領へと向かうことにした。
その伯爵領は、濃霧が発生しているせいで農作物が育ちにくくなっているのだが、その原因は全く分かっていないという話をアリエスはロッシュから聞いていた。
「元からそんな土地じゃなかったのか?」
「30年ほど前はそんなことはございませんでしたね。年々酷くなっていっているということですので、何か原因があるはずなのですが、調査しても手掛かりは掴めなかったそうです」
「あれじゃね?また調査員に敵がいる、みたいな?」
「それに関しては大丈夫でございますよ。調査員には王家から人員が割かれておりましたから」
「そっか。でも濃霧って、どこを鑑定で見ればいいんだろうな?」
とりあえず現地に着いてから考えようということになり、アリエスはベアトリクスに寄りかかってムーちゃんのお腹に"ほたゃっ"と顔を埋めて至福のひとときを味わっていた。
そうやってのんびりとディメンションルームでくつろいでいるうちに、件の伯爵領へと着いたのだが、霧が発生しているだけあって空気がびっしょびしょであった。
息もし難くなってきたアリエスは「やっぱ帰ろうかな」と、ちょっと酷いことを考えていた。
霧が発生する条件は何か、ということで、お買い物アプリにて本を買って読んでみた結果、「暖かい空気が冷えると起こる」というところだけを覚えたアリーたん。
間違ってはいないが極端である。
とりあえずアマデオに霧が最も濃いところへ連れて行ってほしいと頼み、今いる場所へとやって来たのだが、周りは何かの畑であった。
何が植えられているのか気になったアリエスが万物鑑定してみたところ、「シットリラディース」と出た。
「シットリラディース?んー、根菜で、黄色は酸っぱく、赤に近い色になればなるほど甘くなる。え?根菜だよな?野菜だよな?まあ、いいか。んで、えーっと、種を植えてある程度育ったら間引きが必要。その際に空気中に水分が放出されるため、暖かい地域では霧が発生しやすくなる……。はい、解決。お疲れちゃん。原因、これじゃねぇかよ!!」
「さすが
「いや、鑑定しただけだからな。でも暖かい地域って、ここってそこまで暖かくないよな?何か他にもあるんじゃねぇか?」
「では、詳しい話を聞きに伯爵家まで参りましょうか。今ですと社交シーズンということで、当主一家は王都に滞在されて不在でしょうが、先代当主はおられるはずですので」
アリエスの「んじゃ、行こうぜぇー!」という返事によって伯爵家邸へ突撃訪問することになったのだが、対応してくれたのは妊婦さんだった。
この妊婦さんは伯爵家当主嫡男の正妻で、
「突然ごめんな。大丈夫?」
「はい、大丈夫でございますよ。安定期に入っておりますので、問題ございませんわ」
「そっか、よかった。少しでも体調に変化があったら言ってね」
「ええ、お心遣いに感謝いたします」
優しく微笑んだ伯爵家嫡男の正妻は、チラリとアリエスの後ろに控えているロッシュへ視線を向けた。
彼が軽く頷いたのを確認すると自分から自己紹介することにしたのだが、それは、アリエスが国王のお気に入りであり、王族になる権利を有していることを知っているからこその確認であった。
「では、改めて自己紹介をさせていただきますね。わたくしは、ミーテレーノ伯爵家嫡男の妻メラーニア・ベルタ・ミーテレーノと申します。わたくしのことは、メラーニアと名前でお呼びくださると嬉しいですわ」
「私は、アリエス。よろしくな、メラーニア様」
「はい、よろしくお願いいたしますわ、アリエスさん」
「それでね、突然やってきたのは濃霧についてなんだけど、原因はシットリラディースだったよ」
「…………はい?」
何を言われたのか理解出来なかったメラーニアは固まってしまったのだが、そこは未来の伯爵夫人。気合いで思考を叩き起し、濃霧の原因が領地の特産品であるシットリラディースだと言われたことを脳内に浸透させた。
さすがに何の理由もなくそんなことを言わないだろうと判断したメラーニアは、アリエスから話を聞き、暖かい地域でシットリラディースを間引くと霧が発生しやすくなるということを知った。
「でもさ、ここって暖かい地域っていうほど暖かくなくない?」
「そう……ですわね。過ごしやすい土地ではございますが、暖かい地域というほどではないかと思いますわ。ただ……」
「お?何かありそう?」
「はい。実は先日、ため池の一つから湯気が出ていると報告がありまして、それを先代当主である義祖父が確認に行っているのです」
「なるほど。気温じゃなくて地面が暖かくなってる可能性があるってことか」
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