第七話 どうしてなのか

 一筋の涙を流したジョヴァンニ。

のろのろと顔を上げた王弟ボニファシオがその様子を視界に入れると、吸い寄せられるようにして席を立ち、ジョヴァンニを抱きしめた。


 涙に滲んだ震える声で、ボニファシオは言葉を紡いだ。

「リュシエンヌは……、私とエメリーヌとの間に子供が産まれたら『わたくしがお姉様ですよ』って、そう言うつもりだったと笑っていたんだ。正妻付きの侍女が側室になることも珍しくはないからね……」

「そう……だったのですか。私は気持ちを隠せていなかったのですね……」

「気付いたのはリュシエンヌだけだったよ。もちろん私の気持ちにもね。だが、それを教えられたのは君が亡くなってからだった。リュシエンヌは、必ず私とエメリーヌの子として生まれ変わると言い切るものだから……。だから、エメリーヌを待つとリュシエンヌと約束したんだ。その約束があったからこそ私は折れることなく待てた。待ちわびて恋焦がれて……、そして、やっとこの腕で君を抱きしめることが出来た」

「ふっ……、うぅ、ボニ……ファ……様っ!」


 ジョヴァンニの前でひざまずき、彼の手をとったボニファシオは、「花束もなければ応接室で申し訳ないけれど、今ここで言わせてほしい。……ジョヴァンニ、愛している。私と結婚してほしい」と言って、その手に口付けをした。

ポロポロと涙を溢れさせたジョヴァンニは、「わたくしもお慕い申し上げております、ボニファシオ様。喜んでその求婚をお受けいたします」と、淑やかに微笑んだ。


 応接室で繰り広げられたプロポーズにアリエスは、顔を引きつらせたのだが、それはジョヴァンニが少年であることと、彼の見た目が男らしいからだろうか。


 「叔父さん、逃がしたくないし、夢かもしれないからと急いだのは分かるけど……。犯罪臭がすごい」

「私は、ジョヴァンニがジョヴァンニであればそれで良いのだよ。性別など関係ない。年齢のことは考えてなかったけど……」

「それダメなやつ。でも、それじゃあリュ……お嬢様が帰って来られないじゃん?」

「アリエスさん、リュシエンヌ様です。リュシエンヌ様」


 咄嗟に名前が出て来なかったアリエスに、リュシエンヌを連呼するジョヴァンニ。そんな彼を愛おしくて堪らないといった蕩けた顔で見つめるボニファシオ。見つかって良かったな。


 気を取り直したアリエスはチラリとロッシュへと視線を向けると、彼は微笑んで頷いた。


 「んじゃ、プロポーズが成功したということで!私からお祝いの品を進呈してあげよぅ!」

「ふふ、ありがとう、アリエス嬢。何かな?楽しみだね、ジョヴァンニ」

「はい、ボニファシオ様」


 インベントリから「じゃじゃーん!!」と言ってアリエスが取り出したのは、もちろん女体化(完全版)である。


 現れた品がバングル一つであったことから、ペアで身につけるものではないと判断したボニファシオは「魔道具か何かかな?」と、首を傾げてそのバングルを手に取ろうとしたのだが、ロッシュによって阻まれた。


 「うん?ロッシュ、その手はどう言う意味かな?触っちゃいけない物なのかい?」

「間違って殿下が身につけられた場合、少々後悔なさることになりますので、お止めいたしました」

「え、そんな危ない物がお祝いって、アリエス嬢は私が嫌いなのか!?」

「んなわけねぇっつーの。それ、女体化の完全版だよ?叔父さんがリュ……」

「リュシエンヌ嬢にございます」

「そうそうリュシエンヌさんを産みたいなら止めないけど」

「………………は?にょたっ!!?はぁあっ!!?ちょ、待って!待て!!何でそんな品がここにあるっ!!?」

「3個作って、2個使ったから、これ残りの1個な。まあ、材料さえあればまた作ってもらえるから!てことで、これお祝いの品な」


 ボニファシオとジョヴァンニは「作ったって……」と、呆然としてしまったのだが、そんなの関係ねぇアリーたんは、どうしてボニファシオがリュシエンヌのブローチを眺めていたのか気になっていたので尋ねた。


 ジョヴァンニもそれが気になっており、覚悟は出来ていますとばかりに胸の前で手を握りしめているのだが、近衛騎士見習いの少年らしさはお使いに出掛けて、淑女らしさが顔を出したままになっている。


 尋ねられたボニファシオは、「あのブローチか……。あれね、覚えてないかな。エメリーヌがリュシエンヌに贈ったものなんだけど」と、気まずそうに話し始めた。


 エメリーヌが亡くなったのは、乗っていた馬車が崖から落ちたからなのだが、ボニファシオもエメリーヌの実家もそれがただの事故だとは思えず、徹底的に調査を行なった。

しかし、人為的なものである証拠も掴めぬまま時間だけが過ぎ、結局は事故として処理されてしまったのだ。


 エメリーヌの実家であるオリオール伯爵家は、「娘が死んだのは王家とリヴァージュ侯爵家のせいだ」と、口にはしなかったが態度では示していた。

王宮に保護されていたリュシエンヌと共に、そこに滞在していたエメリーヌの所持品など全てのものを返還するよう王家へ要求し、形見分けには一切応じなかったからだ。


 その後、リュシエンヌも後を追うようにして亡くなったのだが、彼女の実家も所持品の返還を要求してきた。

王弟であるボニファシオが贈ったものは返還に応じる必要はないと判断されたのだが、オリオール伯爵家のように娘の死をいたんでのことではなく、金銭目的であった。


 「あのブローチは、エメリーヌがリュシエンヌに贈ったものだから、オリオール伯爵家は返還要求をしなかったし、リヴァージュ侯爵家はブローチの存在を知らなかった。だからこそリュシエンヌは自身が死んだあとに、リヴァージュ侯爵家が返還要求をしてくると確信して、ブローチを私に託したのだよ。エメリーヌとリュシエンヌの思い出が詰まった唯一の品だったから……」

「では、あのブローチを眺めておられたのは……」

「ブローチを眺めてはエメリーヌを想っていたんだ。それに、私が王族で居続けたのも、生まれ変わったエメリーヌがどのような立場であっても手に入れられるようにだよ。兄上も私の思いを汲んでくれて、それを許してくれていた」


 領地ももらったことだし、姪っ子から素敵な贈り物ももらったし、安心して嫁いでおいでと、輝く笑顔のボニファシオの目尻に光るものがあったのをアリエスは見ないふりをしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る