第六話 過去の話
ジョヴァンニを強制的に座らせたアリエスは、彼を鑑定した結果、間違いなく彼の前世は「エメリーヌ・ロラ・オリオール」であると言い、それを聞いた王弟は言葉を失って呆然としたまま動かなくなってしまった。
そんな王弟にアリエスは「ジョヴァンニ君が言うには、その元婚約者さんは叔父さんに恋愛感情はなかったっていうんだよ。だから、待つのは止めてほしいんだって」と、なるべく明るく言ったのだが、王弟は無反応である。
これ、どうしよう?と、アリエスが困惑し始めたので、そばに控えていたロッシュが動いた。
パンパンっ!と手を打ち鳴らすと「わたくしめからご説明いたしましょうか?」と、王弟に尋ねた。
それに対して王弟は、「……頼む。まだ状況がよく受け入れられていないんだ……」と、顔を覆って俯いてしまった。
さもありなん、と頷いたロッシュはアリエスとジョヴァンニに向き直ると、昔話を始めた。
目の前で苦悩している王弟ボニファシオは、属性能力の高さや聡明であったこと、そして、今は王太子であるアルフォンソと歳が近いこともあって、周囲が勝手に彼を立太子させようと目論んでいた。
アルフォンソがアレであったため、その目論見に加担しようとする貴族は多かったのだが、貴族の支持があるだけで王にはなれないことを知らない連中が騒いでいただけであった。
しかし、あまりにも騒ぐ声が大きくなり始めたので、王弟ボニファシオを立太子させるつもりがないことを主張するために、侯爵家の病弱な令嬢を婚約者としてあてがった。
その婚約を強く推し進めたのは、先代国王の側室である彼の母親であった。
この婚約には政治的な意図の他にもう一つの理由があり、それはリヴァージュ侯爵家でのリュシエンヌの扱いであった。
リュシエンヌの母親は月足らずで彼女を産み落とすと、そのまま還らぬ人となった。
政略結婚であったリュシエンヌの両親は閨の日を記録されており、予定日よりも早い出産ということで不貞を疑われたのだが、生まれたリュシエンヌが小さかったことと当主の色を持っていたことから早産であるとされた。
しかし、一度湧いた疑念を完全に払拭することは出来ず、リュシエンヌはいつも厳しい視線に晒されていた。
庇ってくれる母親はおらず、しかも病弱であったことも相まって、いないもの扱いをされており、それを知った王弟ボニファシオの母親が手を差し伸べたのだ。
王弟ボニファシオと婚約を結んだことで、リュシエンヌの扱いは多少はマシになったものの、「血筋の定かでない、しかも病弱な令嬢が王弟と婚姻関係を結ぶのは如何なものか」と声高に周囲の者に言って回る連中が出始めた。
リュシエンヌはリヴァージュ侯爵家当主の娘であることに間違いはなく、侮辱することは許されないとして、リヴァージュ侯爵家が抗議の声をあげたが、今までの彼女の扱いを知っている者からすれば「王弟殿下との婚約が決まった途端に手のひらを返すとは浅ましい」と、侮蔑の視線を向けた。
そして、王弟ボニファシオを立太子させようと企んでいた連中が、そんな状況にあるリュシエンヌへと牙を剥いた。
病弱な彼女がお茶会に出席できないのをいいことに、あることないこと勝手に言いふらし始め、嫌がらせの手紙や品を送り付けることもあった。
そんなことが続いた結果、リュシエンヌは段々と体調を崩していき、しまいにはベッドから出られないほど悪化してしまった。
事態を重く見た王家はリュシエンヌを王宮へと保護したのだが、彼女に直接手を出せないのならばと、彼女の心の支えでもあった一番お気に入りの侍女が犠牲になった。
「もしかして、その犠牲になった侍女ってのがジョヴァンニ君の前世?」
「はい。ジョヴァンニ殿に話すには酷であることは承知の上で申し上げますが、侍女であるエメリーヌ嬢が亡くなられたことでリュシエンヌ嬢は酷くショックを受け、その後、回復することなく儚くなられました」
「ぅ……あ、なん……、どうして……っ!お嬢様っ……!!」
「ジョヴァンニ殿、聞きなさい。話はまだ終わっておりませんよ!騎士となるのでしょう!!」
「ぐぅっ……!っはい……、お願いします!!」
「すぱるたーん」
アリーたん、大事な話をしているのだから、スパルタとか言って茶化さない。
「儚くなられたリュシエンヌ嬢は今際の際に仰られたそうです。『ボニファシオ様がお父様だったら良かった。そしたら、エメをママって呼ぶのに』と」
「それって……、それって、どういう……」
「ボニファシオ様が生まれ変わりを恋焦がれて待った相手は、エメリーヌ嬢、あなたなのですよ。そして、リュシエンヌ嬢は生まれ変われるのならば二人の子供になりたいと、そう言い残してこの世を去られました」
「まさか……そんなっ!?」
「リュシエンヌ嬢がボニファシオ様に対して抱いていたのは家族としての愛だと、あなたはそう言いましたね?それで合っています。そして、ボニファシオ様もリュシエンヌ嬢に対して抱いていたのは家族としての愛です。しかし、ボニファシオ様が女性として愛していたのはエメリーヌ嬢、あなたなのですよ。……あなたも、そうなのでしょう?」
エメリーヌもボニファシオを異性として愛していたのだろうと、そうロッシュに言われたジョヴァンニは辛そうに目を閉じると、一筋の涙をこぼしたのだった。
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