第五話 来訪の目的

 枯れ芝リストから次の目的地を選ぼうとしたアリエスは、2つの候補で迷っていた。

ここから近いがそれほど大変そうでもない領地、もう一つはそちらとは逆方向でしかも少し遠くて逼迫ひっぱくした状況にある。


 行ったことがないところなので、ウェルリアムの転移を使って短縮も出来ないため迷っているのだが、近いかどうかを重要視していることに誰も突っ込まない。


 その日のうちに決まらず翌日に持ち越されたが、せっかくの里帰りなので急いで決める必要もなく、割とのんびり考えていたアリエスのもとへ、来客があるとロッシュに言われた。


 アリエスを訪ねてハインリッヒたちの実家へ来たのは、近衛騎士見習いの制服を着た少年であったため、とりあえず実家の客間で待たせてあるがどうする?と、フリードリヒがコテージにいるハインリッヒに伝えに来たのだ。


 叔父さんとこの見習いかもしれないから会うと言って、アリエスはいつもの如くムーちゃんをまふっと首に巻いて部屋から出てきた。

サスケとベアトリクスはアスレチックで遊んでおり、ジャオは相変わらず砂場で待機モードである。最近はファングもアスレチックで遊ぶようになったので、ちょっと頭が寂しいアリエスだが、決してが散って行ったわけではない。


 ハインリッヒたちの実家にある客間へとロッシュを伴ってやって来たアリエスを待っていたのは、騎士見習いの少年なのだが、その瞳には年齢にそぐわない強い意思が見えた。


 少年は騎士らしく一礼をすると、突然の訪問を詫びた。

「前触れもなく押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、突撃訪問を謝るんなら、ここの家の人にしてくれ。それで?何か急ぎの用があったのか?」

「はい。あの……、私はジラソーレ侯爵家が三男ジョヴァンニ・レナート・ジラソーレと申します。私のことはジョヴァンニと名前でお呼びください」

「あ、自己紹介忘れてたな。私はアリエス、好きに呼んでくれ」

「では、アリエスさんと呼ばせていただきます。初対面で不躾なお願いなのは重々承知しておりますが、あなたは相手が前世持ちであるかどうかを知る術を持っておられるのですよね。それならば、私を見てほしいのです」

「ん。えー……っと、エメリーヌ・ロラ・オリオール、オリオール伯爵家の四女でリヴァージュ侯爵家令嬢リュシエンヌの侍女、あと他にも色々というか人生丸裸になっちゃうけど読み上げるか?」


 アリエスに前世を言い当てられたジョヴァンニは、小さく開いた口に品よく手を当てており、その様子はどう見ても淑女の仕草であった。

本当に見ることが出来たことに驚き固まっているジョヴァンニをよそにロッシュは、小声でアリエスにとあることを伝えた。


 リヴァージュ侯爵家令嬢リュシエンヌこそが、王家直轄ミースムシェル領を治めている王弟の元婚約者であったことを。


 それを聞いたアリエスは、「あれ?この流れ的に目の前の人ジョヴァンニが元婚約者とかじゃねぇの?その人の侍女って、え?侍女も死んでたの?事件か?」と、少し困惑してしまったが、前世が何者かを当てる話ではなく、その先に用事があるはずだと思い直し、要件を聞くことにした。


 居住まいを正したジョヴァンニは、悔いるような面持ちで話し始めた。

「お嬢様は、お身体が弱く、子を望めない状態であるにもかかわらず、殿下の婚約者となられました。それは周囲に波風を立たせないために選ばれたものだと聞き及んでおります。しかし、お嬢様は段々と体調を崩される日が多くなり、私が死んだ頃にはベッドから出られる日の方が稀でした。そのときにお嬢様は、確かに生まれ変わって殿下のもとへと行きたいとは申されておりましたが、それは親愛の、家族の情であって男女の愛ではなかったのです」

「つまり、叔父さんに待ってねぇでさっさと結婚しろ、と。そういうことか?」

「いえっ、そこまでのことは!!……お嬢様が生まれ変わって殿下のもとへと来られたとしても、お嬢様にはお嬢様の人生を歩んでいただきたいのです。それに……、もう見ていられないのです。お嬢様が身につけられていたブローチを切なげに眺めておられる殿下を……」

「あー、なるほど。待たせてたなら責任取って嫁いであげなきゃとか思ってほしくないし、叔父さんにも前に進んでほしい、と?」

「はい……」


 苦々しく頷いたジョヴァンニにアリエスは、「ジョヴァンニ君がエメリーヌであることは私が保証するけど、そのお嬢様が言っていたことまでは保証できないぞ?」と言い、善は急げだろうと、即座に王弟がいる領主邸へと向かうことにした。


 突撃訪問にも快く迎えてくれた王弟は、近衛騎士見習いのジョヴァンニが一緒にいることに不思議そうにしながらも、人払いをして話の席を設けてくれた。


 アリエスはジョヴァンニも同じ席につかせようとしたが、最初は「見習いの自分が同席させていただくなどっ!!」と固辞していたので面倒になったアリエスが「んじゃ、叔父さん、命令して?」とお願いして座らせた。


 無茶なことをさせると苦笑し、少しジョヴァンニを憐れに思った王弟であったが、何か急ぎの用があったのだろうとアリエスに話を促したのだった。






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