第二話 ちょい旅

 ローデリックのあまりの驚きように少々むくれてしまったクリステールであったが、そんな表情も可愛いとクイユが惚気のろけてしまったので、早々に機嫌を直した。


 ローデリックたちは、それぞれの爵位に相応しい邸を与えられることになったのだが、それは新築ではなく、取り潰された貴族家の邸をそんぐりそのまま移譲されたので、壁紙やカーペット、寝具は新しくしたが、それ以外のものは勿体ないからと、そのまま使うことにして、今は引越しの最中なのだ。


 引越し中だと聞いたハインリッヒは、「それで何か閑散としていたのか。あ、じゃあ親父もそっちに行っていていないのか?」と、ローデリックに尋ねたところ、今は王都に行っていると返ってきた。


 「王都?何しに?」

「さあ?ハインリッヒ兄上が来るまでは、子爵位の継承手続きに行ったんだと思っていたんだけど、違うとなると何をしに行ったのか見当もつかないよ」

「そっか。じゃあ、どうすっかなぁ」

「帰ってくるまで、この辺で遊んでりゃいいんじゃね?」

「アリーがそう言うなら、それでも構わねぇけど。俺たちが来たような日数で普通は移動できねぇからな?片道1ヶ月くらいは余裕で掛かるぞ?」

「えぇ……?ああ、じゃあリムに頼むか」


 こちらから出向くなり連れて来てもらうなりしようにも、肝心の父親たちが王都のどこにいるのか分からないとハインリッヒは言うのだが、ロッシュは見当がついているのでぽっぽ伝書鳩なウェルリアムが訪ねて来たら頼んでおくと微笑んだ。

門兵マックスがよく訪ねて行く、あの強く叩くと木っ端になりそうな扉の孤児院へ行っているだろうというロッシュの考えは当たっているぞ。


 父親たちがウェルリアムによって運ばれて来るまでは暇だからと、アリエスはベアトリクスにまたがって大空へ旅に出たのだが、頭のてっぺんにきば精霊はいない。

では、どこにいるのかと言うと、アリエスの背後である。


 アリエスのダンジョン☆ヒャッハー!な生活のせいで急速に育ったきば精霊は、今では立派な姿になっている。

見た目は少年から青年へと移り変わる間くらいの感じで、つんつんヘアーの襟足えりあしは少し長めでちょこんと縛ってある。


 そんなファングと2ケツしているアリエスは上空で「さっぶ!!」と鼻水を垂らしそうになっていた。

何も考えずに大空へと飛び上がったが、お空が寒いことを忘れていたのだ。


 ベアトリクスも「うなあぁっ寒いんだけどっ!!?」と声をあげてアリエスに帰ろうと促したのだが、そんな一人と一匹の様子に精霊ファングは首を傾げていた。

ファングは弱点属性とかもないので、暑さ寒さもへっちゃらなのである。


 アリエスとベアトリクスがカチカチと震え、「けぇるべ」と下降し始めたとき、遠くから猛スピードで何かが迫って来ていた。

いくら寒いとはいえ、きちんと周囲を警戒していたアリエスはそれに気付けたが、統率の取れた複数の気配から魔物のたぐいではないかもしれないと彼女はそれを放置して、下降するのを止めなかった。寒いからな。


 目視できる範囲まで来たところで殺気混じりで「誰の許可を得て航行している!?」と、大きな声で怒鳴られたアリエスは、「うわ、何かめんどくせぇのが湧いて出た」と顔をしかめたが、彼女が出すのは当然「俺の娘……以下略」の手形である。


 面倒くさそなアリエスの態度に怒鳴り散らしてきた相手は不服そうにしながらも、それ以上何かを言うつもりはなく、彼女が降り立つのを待った。


 相手もアリエスを警戒しながら距離を保って降り立つと、「我々は、王家直轄ミースムシェル領所属の航空第二部隊の者だ。ここは、現在王家直轄領となったため、許可のない者の航行は禁止されている。許可証は、お持ちか?」と、アリエスに尋ねたが、航空部隊に何の通達もなかったことから、申請されていなければ受理もされていないので、目の前の人物アリエスが何の許可も得ていないことを分かっていての質問であった。


 アリエスは、困ったらコレを出せと言われている通りに父ちゃん国王から持たされている手形を出した。

「これでいいか?」

「っ!!?これはっ……!!し、失礼致しました!」

「いや、いいよ。ていうか、空飛んじゃダメだって知らなかった私も悪いしな」

「……ご存知なかったのですか?」

「うん。ああ、でもロッシュがいたら止めてたかな?今、用事があってそばにいなかったから」

「そうでしたか。この手形をお持ちなのでしたら何の問題もございませんが、こちらに通達がなければ我々は出てこざるを得ませんので、ご面倒だとは存じますが航行許可を申請してくださいませ」

「ん、わかった。一応、申請しに行く。でも、寒いから次があるかは分かんないけどな」

「あんな上空を備え無しに飛んでいたのですか……?」

「アハハ……、お天気いいからね、上も暖かいとか思っちゃったんだけど、上空って寒いの忘れてたわ」


 アハハ〜と乾いた笑みを浮かべるアリエスに、何とも言えない顔をした航空第二部隊の面々は、「その手形をお持ちなのでしたら、もしかしたらこのコートを手に入れることが出来るかもしれませんよ」と、自身のコートをつまんで見せた。


 それ、なんぞ?と、首を傾げたアリエスが「何かいいもんなのか?」と尋ねると、嬉しそうに顔をほころばせた航空第二部隊の面々は、「この薄さで温度調節機能付きなので、上空でも寒くないのですよ!王家から兵士に支給される品なので一般には出回らない物なのですが、これのおかげで狩猟民族とか言われなくなったのですっ!!」と、嬉しさの中に涙がキラリと光ったのが見えた。


 場合によって温度が低いはるか上空での航行もある航空部隊の者たちは、寒さ対策のために毛皮を着ていることが多く、式典用のカッコイイ制服もあるが、普段は実用的な毛皮装備がほとんどであった。

そのため、地上勤務の兵士たちからは狩猟民族などと笑われていたりしたので、温度調節機能付きのコートが支給されて以来、誰も毛皮装備を着用する者はいなかった。


 そんなようなことを涙を滲ませて語る航空第二部隊の面々にアリエスは、「なるほど。そういうこともあって温度調節機能付きのスマートなコートが欲しかったのな」と、しみじみと頷いたのであった。


 

 



 

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