3 待ち人

第一話 爵位の継承

 魔物が異常に増えていたシルトクレーテ伯爵領のことが片付いたついでに、プロメッサ侯爵家のことも何とかなったので、アリエスたちパーティー"ギベオン"は、ルシオとグレーテルの結婚報告と、クリステールの懐妊報告をしに王家直轄ミースムシェル領へと行くことにした。


 元カンムッシェル辺境伯領は外患誘致罪によって王家直轄領となり、名を王家直轄ミースムシェル領と改め、王弟がそこの領主となった。


 王国の南端にあるこの領地は、ヤオツァーオ公爵家と同じで元は国であったため、もちろん爵位持ちの貴族がいた。

そこで反発を防ぐため爵位持ちの貴族を軒並み降格させることで、その地位を確保させることを許可したのだ。全てというわけにはいかなかったので、国にとって都合の悪い貴族はその地位を剥奪されてはいるが。


 今回の外患誘致の件で与えられていた権利、つまりハルルエスタート王国に吸収されるときに、降格されはしたが持っていた爵位が全て凍結され、その地位を剥奪された者と陞爵しょうしゃくされた者、そして、叙爵じょしゃくされた者に分かれた。


 叙爵じょしゃくは爵位を新たに与えられた、ということになるのに対し、陞爵しょうしゃくは昇進、つまり爵位が上がることになるのだが、ハインリッヒおじちゃんの家を例にしてロッシュが説明してくれるぞ。


 「ハインリッヒの父君はあの件で叙爵され子爵となられ、騎士爵であった弟のローデリック殿は陞爵し、男爵となられました。これを例に申しますと、父君は今回賜わった子爵位のみですが、ローデリック殿は陞爵した男爵位の他に元々持っていた騎士爵もそのままになっているのでございます」

「昇進したのに前の地位も持ってるってこと?」

「はい。爵位を授けるのは褒美でございますから、元々持っていたものを取り上げて与える、ということは褒美にならないのです」

「あ、そっか。ご褒美にエメラルドあげて、次のご褒美をあげるときに『前のエメラルド返してね』とは言わないもんな」

「そういうことにございます」

「え?ハインリッヒさんの父ちゃんと弟、昇進したのか?」

「はい。しかし、少々揉めるかもしれませんねぇ」


 ロッシュが苦笑した通り、アリエスたちがおめでたい報告をしに以前訪ねたハインリッヒたちの実家へ着くと、老齢の執事が気付いて食堂へと案内してくれたのだが、その雰囲気は爵位が増えて上がったというのにピリついていた。


 これ、なんぞ?

そう思ったアリエスは、この家の長男であるハインリッヒへと視線を向けると、彼は「しゃーないか」と肩を落として声を掛けた。


 「爵位が上がったってぇのに随分な空気だな」

「……このタイミングで訪ねてきたってことは、ハインリッヒ兄上は乗り気ってことなのかな?随分なのは兄上の方じゃないか?そりゃ苦労したのは皆そうかもしれないけどさぁ」

「おい、リックローデリック、何の話だよ」

「ハインリッヒ兄上に父上が賜わった子爵位を継がせるって話だよ」

「いや、いらねぇよ。俺は何もしてねぇんだから。それこそ子爵位をローデリックの嫡男に継がせりゃいいだろ?」

「それを姉上が認めないんだよ。ハインリッヒ兄上が継がない場合は自分にも権利があるって」

「はぁ〜?どういうことだよ?」


 ローデリックが言うには、実家を助けるために苦労したのは兄妹全員そうなのだから父親が賜わった子爵位を継ぐ権利は平等にあると、姉のローザリンデが主張しているということだった。

それを聞いたハインリッヒは、「まあローザの主張も分からんではないが……、どうするかは親父次第じゃねぇの?」と呑気に答え、グレーテルとクリステールは二人とも「いらない」と言い、迷惑をかけた自覚のあるフリードリヒは「俺は何か言う資格ねぇからなぁ」ということで、その話に加わることはしなかった。


 せっかく「めでたい話」があってきたのになぁ、とアリエスはちょっぴり唇を尖らせており、それを見たロッシュは早々に事態を好転させることにした。


 「ローデリック殿、確認させていただきたいことがございます」

「あ、はい。何でしょうか?」

「権利を主張なさっておられるのは、姉のローザリンデ殿ご本人でございますか?」

「ええ、そうですよ。それが、何か……?」

「ご本人から直接・・、でございますか?」

「え、ええ?あ、手紙……ですね。姉の夫から『妻がそう言っていた』と。あれ?もしかして、姉上の意思ではない……?」

「その可能性が高いかと存じます」


 ローザリンデは「継承者」に選ばれるほどの人物なのだから、「子爵位を継ぐ権利がある」などと口にする可能性は低いとロッシュは言い、きちんと本人に確認をしてから動いた方が良いと助言した。

この場合の継承者とは、ロッシュと門兵マックスが弟子となった鞭の継承者である。


 そう言われたローデリックは「嫁いで子供もできたことで考えることが変わったのかと思っていましたが、そうですよね。子爵位の継承なのですから、きちんと本人と会って話さなければ……。ロッシュさん、ありがとうございます」と言って表情を緩めた。


 そこでやっとローデリックはハインリッヒが継承問題のためにここに来たわけではないというようなことを言っていたのを思い出した。

「ハインリッヒ兄上、今回は皆で里帰りですか?」

「おう、めでたい報告があってな」

「あ、グレーテルでしょう?」


 ふふっと笑ったローデリックは、きゃらきゃらと笑って結婚報告をしたグレーテルに笑顔で「おめでとう、今度こそ幸せにね」と声を掛け、ルシオには「騒がしい妹ですが、よろしくお願いいたします」と頭を下げて、慌てたルシオに止められていた。


 しかし、この後にクリステールから懐妊したことを報告されて声を張り上げて驚いてしまった。

どうやら姿や性別が女性となっていたとしても、弟であった感覚が抜けきらないようであった。


 


 


 

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