第三話 行きます!

 ミロワールの言ったことを真に受けて、老人は神に祈りを捧げた後にアリエスのことも拝み出したので、彼女は慌ててその行動を止めて椅子に座らせた。


 拝むなよ……、というアリエスの疲れた声に、「ひと息入れましょう」とロッシュはお茶を淹れたのだが、襲撃者は捕縛した後に意識を刈り取られているので、そのまま転がされている。

 そんな状況でお茶を飲むアリエスは、「ここで何を言ってても、しゃーないよな。血族以外認めねぇっていうなら、その精霊さんにトムを会わせてみるか」と言って、その侯爵家がどこにあるのか聞いた。


 「ここからですと、ちょうど北に少し行ったところにございますよ」

「んじゃ、行ってみるか。アマデオで行くとして何日くらいかかる?」

「アマデオならば半日もかからずに着くかと思われます」

「じゃあ今から向かって朝一で訪ねるか」

「かしこまりました」


 貴族の家に何の報せもなく突撃訪問をするのは良くないのだが、「国王の娘に……以下略」な手形を持ったアリーたんを止められるものなどいないのであった。


 その侯爵領へと向かう前に、シルトクレーテ伯爵家の元家令である老人エイダンに本物のトムを会わせたのだが、「髪色は父君に似ておられますが、それ以外は亡き奥様トムの母にそっくりでございますね……!ああっ、なんと喜ばしいことか……っ!!もう、もう……、思い残すことはございません。早く奥様のところへいって、この目に焼き付けた若様のお姿をお見せせねば!!」と、感極まってとんでもないことをのたまい始めたので、落ち着かせるのに少し時間がかかってしまったが、アマデオ兄貴にかかれば、ほんの些細な誤差でしかないので問題はない。


 侯爵領へは老人エイダンもついて行くと言ったのだが、シルトクレーテ伯爵領にて起きていた魔物の大量発生について、王家からの遣いが行っているだろうから、そちらを手伝ってやってほしいとロッシュに頼まれたため、彼は泣く泣く若様トムを見送ることになった。

王家からの遣い、つまりぽっぽなウェルリアムによって役人が転移でやって来ているはずなので、人手は多いに越したことはないだろう。


 ちなみに意識を刈り取られた襲撃者は、エイダンたちに引き渡してあるので、あちらで洗いざらい吐かされた情報は、そのうちウェルリアムが持って来てくれるだろうということで、丸投げである。


 トムとその妻ヴィオラにも、トムが置かれている状況を説明したのだが、ヴィオラはキョトンとした顔で「夫は王立学園を出ていないのですが、そうなると当主になることは出来ませんわよね?」と、首を傾げた。


 「ええ、そうですね。いくら精霊が認めようとも王立学園を卒業していないどころか、通ってすらいなかったトムを侯爵家の当主として認めるわけにはいかないでしょう。恐らくあなたが今抱いている息子さんを学園へ通わせ、卒業と同時に彼が当主を継ぐことになるかと思います」

「そんな……」

「それと、トム。『知ったことではない』と思われるかもしれませんし、あなたは養子に出されたことで、貴族としての恩恵を受けずに過ごしてきたことでしょう。しかし、あなたの身体に流れる血は、国にとって重要な血なのです。覚悟を決めてください」

「その、俺の弟じゃ、いや、弟は伯爵だから無理か。その息子とかじゃダメなのか?」

「同母の弟君であるシルトクレーテ伯爵家当主には、お子さんが3人おられますが全て女児で、長女が分家から婿を取ることになっていると聞き及んでおります。そして、シルトクレーテ伯爵家の長女でさえまだ成人前です。契約は成人前だと身体に負担がかかります」

「てことは、今のところ俺しか精霊と契約できそうなのがいねぇのか……」


 トムは、ロッシュから精霊と契約に至ったとしても貴族家の当主となる条件、つまり学園を卒業していないので当主代理という立場になること、そうなると社交界へそれほど顔を出す必要もないということを聞かされた。


 最低限の礼儀作法など覚えなければならないことは多々あるが、そこは優秀な教師ウェルリアムがいるので心配いらないと言われたトムは、腹を括った。


 アマデオ兄貴によってスタコラとその日のうちに侯爵領まで運ばれ、翌日の朝一番に邸を訪ねたアリエスたちを出迎えたのは、庇護欲をそそる小柄なお兄さんで、愛らしい大きな目を更に見開いて「あぁっ!オレンジ色の瞳ーーー!!あなたなのですね!?よかった……、よがっだぁあああっ!!」と、トムにしがみついて大泣きしてしまった。


 応接室へと場所を移動し、お茶の用意も整ったのだが、ぐしゅぐしゅと未だ鼻をすすって泣いている彼こそが、クレーレが産んだ息子ベネディクトである。

容姿は母親であるクレーレにそっくりなのだが、中身は実の父親である純朴な庭師に似たのでオワタな人間にならずに済んだのだ。


 「ぐすっ……。僕は父上の子であると信じて疑っていなかったんです。でも、精霊様から血族ではないと……。母う……いえ、クレーレにそっくりな僕が赤子の頃に他の子と取り替えられたという可能性もありません。つまり、僕は父上の子ではなかった。しかも、クレーレもこの侯爵家の子ではなかったんです……」

「あれ?何で、あんた生きてんだ?母親は姦通罪だろ?」

「うぅっ……、はい。本来ならば処刑やむ無しでした。ぐすっ、でもっ、皆が……っ、皆が助けてくれて……」

「あっ、何か抜け道あんの?」

「はい、アリエスアリー様。その家に家令がいれば家令と執事、家令がいなければ執事のみになりますが、それと伯爵家以上の当主3人の署名があれば助命は可能なのでございます」

「てことは、この人は当主3人から署名がもらえたってことか」

「そういうことになりますね。金銭や利害関係で署名することはほぼ無いので、周りに慕われるようなお人柄なのでしょう」


 助命嘆願の書類に署名して、その助命された人物が何かやらかせば連座となる。

そのようなリスクを背負ってまで署名をしてくれる人がいるということは、よほど周囲に慕われるような人でない限り難しいだろう。


 ベネディクトは庇護欲をそそる見た目に加えて純朴なぽやぽや人だったため、学園に通っていた頃は周囲にオカン属性、オトン属性の友人たちが常にはべって彼を守っていた。

侯爵家の一人息子とあって肉食獣と化した令嬢が虎視眈々と狙っており、貴族家の三男以降で行き場のない男の中には、ベネディクトの愛人になろうとしていた者もいたほどであった。

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