第五話 どうする?

 シルトクレーテ伯爵領は現在、魔物の数が多くなっているのだが、その原因はアリエスが見つけた封印されたダンジョンにあった。


 出来たてホヤホヤなのに蓋をされてしまえば溢れるに決まっているため、それを察知した魔物や獣が逃れようとして移動するのだが、それをシルトクレーテ伯爵領へと向かうように細工が施されていたのだ。

その細工はダンジョンの入り口を封印している場所に、同じように隠蔽されていたため気付かれずに今日まで来てしまったが、アリエスに見つかったので、その役割はもう果たせないだろう。


 しかし、誰が何故、出来て間もないダンジョンの入り口を封印したのか分からないアリエスは、あとで戻ってきて徹底的に万物鑑定してみようと予定リストに追加し、まずは受けた依頼を優先することにした。


 依頼主であるジェンマがただの善意で兄を捜しているのなら問題ないが、何か後暗い事情があった場合、何も考えずに会わせるのは少々危険なのである。

知らないうちに犯罪の片棒を担がされていた、なんてことになれば目も当てられないため、人探しの依頼は慎重に行なわなければならない。


 隣村に着いてトムが甥っ子と別れる際に「いいから受け取れ!」、「いらないって!家族のために使え!」と、トムが甥っ子に小遣いを渡そうとして拒否られるという一悶着はあったが、最終的には甥っ子が折れて受け取った。

アリエスたちパーティー"ギベオン"がいたので甥っ子は、ただ見送りに来ただけになってしまったので、小遣いを受け取ることに気が引けたのだ。


 ということで、乗り合い馬車の出発は翌日の早朝であるため、それまでの時間でジェンマ依頼主と会うかどうかの話し合いをすることになった。


 「とりあえず、依頼主の目的が財産分与として、それを受けるならば会う、受け取らないなら会わない。そういうことになるか?」

「そうだな……。血の繋がった兄に会いたいってなら分かるんだが、財産を分けたいからって話になると……、胡散臭ぇな」

「しかも、両親は捜すことに消極的というか、内心では反対していたような話しぶりだったことを考えると、本当に血が繋がっているのかも疑問だよな」

「だとすれば、俺の妹だという依頼主の真意は何なんだ?」

「それが分かれば苦労しねぇよー。なあ、ミロワールにトムのフリをしてもらうってのは、どうだ?」

「あ、それでいきます?私、できますよ!」

「はい、決定」


 トムのフリをするということで、しばらく彼を観察することになったミロワール。

その間にトムの妻には、極刑を言い渡された彼女の娘ティーナの話をすることになり、娘がどういった経緯でそうなったかを聞かせた。


 ティーナは母のもとから金目の物を持ち出し換金し、そのお金が尽きると貴族令嬢のフリをして詐欺をはたらき、そして捕まったのだが、そこで自身がハルルエスタート王国の王女だと騙ったために犯罪奴隷ではなく極刑になったのだ。


 それを聞いた母親は涙が止まらなかったが、話し終えたロッシュから「あなたの育て方が悪かったわけではありません。それは戸籍を見れば分かります」と言われ、そのときのことを彼女は思い出していた。


 娘と共に平民となったとき、何故か親子としての戸籍ではなく、別々の個人として登録された。

そのことを疑問に思った母親は役人に尋ねたところ、「これは、あなたは何も悪くない、そういう意味です」と返され、結局疑問が解消されることはなく、日々の生活に追われてそのことをすっかり忘れていたのだ。


 このようなことになって初めて戸籍が分けられた意味が分かった。

娘が何かやらかしたとして、それが親族にも影響を及ぼすようなものだった場合、母親である彼女にも累が及ぶことになる。


 つまり、今回のように王族の名を騙った極刑であれば、連座で母親もその首をはねられることになっただろう。

そうならなかったのは、戸籍が分けられ、他人であるとされたからだった。


 ロッシュから、「あなたは父親に似て優秀であったため、それも考慮されての後宮入りだったと伺っております」と言われた彼女は、苦笑しながら首を横に振った。


 「私は……、愚かなことをしたのです。娘のことは言えません……」

「何をなさったのか、お伺いしても構いませんか?」

「身を……、投げたのです。たまたま、下を通りかかった男性に、今の夫なのですが、彼に受け止められたので助かったのです。しかし、下手をすれば通行人を巻き込んでいたのだと、後から叱られました」

「いや、それってただの夫との出会い話じゃね?」


 二人の話を横で聞いていたアリエスのツッコミに、ポカンとしてしまったトムの妻であったが、「えっ、いえ、そういう話ではなく……」と、また首を横に振って否定したのだが、アリエスから「いや、どう聞いたって運命的な出会いって話じゃねぇの?」と言われて、顔を真っ赤にして照れてしまった。


 トムの妻からすれば、結婚に至ったのは結果であって、愚かなことをしてしまったことに変わりはないと、ずっと思っていたのだ。

それをアリエスから「愚かな行ない」ではなく「運命的な出会い」だと言われ、「え?あれ?そうなの?」と混乱してしまった。


 その様子を見たトムは、少々強引な結婚ではあったが、顔を真っ赤にして照れている妻を見れば、自分のことを少しくらいは好いてくれているのではないかと、ちょっと期待したので、思い切って聞いてみることにした。


 「なあ、ヴィオラ。俺のことって好きか?」

「すっ……!?えっ、そんな、えぇっ!?こ、ここで聞くの!!?」

「公開告白!」

「アリエスさん、茶化さんでくれ。俺は、ヴィオラを妻として、一人の女として好いているし、その……、あ、愛してもいるんだ!」

「ヒュー!男らしくいったな!ていうか、そういうの結婚前にやれよ。子供までいんのに」

「うぐっ、い、いい歳こいて恥ずかしかったし、なあなあで済ませたのもちょっと後ろめたくなったというか……。で、ヴィオラ?正直に言ってくれ!」

「あ、えっと……、その。す、好き……よ。最初はワケも分からず流されていたけれど、今は、あなたと結婚して良かったと思っているもの」


 妻のヴィオラからハニカミながらの告白を受けて、トムは小さくガッツポーズを決めて天を仰いだ。感無量といった様子である。


 ヴィオラは、綺麗なドレスや輝く宝石などなくても、夫と子供がいる、それだけでとても幸せなのだと笑った。

それを受けてトムは、財産を分けるために自身を捜しているという、妹と名乗るジェンマに会うのを止めたのだった。

 


 

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