第三話 さがしものは何ですか?

 ジェンマ依頼主から詳しく話を聞いたアリエスは、今になって兄を捜そうとしている彼女に少し疑問を抱いていた。


 ジェンマの両親は、兄が生まれたときは仕事を始めたばかりで、とても赤子を育てる余裕はなかったという。

そのため、裕福な農家へと里子へ出し、それ以来その子と関わることはなかった。


 それならば何故、今頃になって妹であるジェンマが捜し始めたかというと、両親の商売が上手くいき財産も増えたため、本来ならばその恩恵を受けるはずだった兄にも渡したいということだったのだ。


 しかし、この兄捜索に関して両親はあまりいい顔をしなかったため、黙って捜すことにしたのだとジェンマが言っていたことにアリエスは「事件の匂いがする!」と、ワケの分からないことを言い始めた。


 つまり、謎解きゲームのような感覚で依頼を受けちゃったんだろうな。


 養子先でつけられた名が「トム」で、髪はモスグリーンに瞳はオレンジ色ということなのだが、それを知ったアリエスが一番最初に思い浮かんだのは、カボチャだった。名前はジャックじゃないのかと残念そうに言う彼女であるが、本場に行くとジャックさんはカボチャではなくカブだという話だぞ。


 さて、カボチャ色のトムであるが、冒険者登録した者の中にそういった人物がいるかどうかの照会は、冒険者ギルドでは行なっていない。

その捜している人物が犯罪者なのであれば照会してくれるが、それ以外で受けるとキリがないからである。


 現在、分かっているのは「カボチャ色のトム45歳」ということだけなのだが、バルトからの返事には「思い当たることはなく、力になれず申し訳ない」とあったので、とりあえずカボチャ色のトムを養子として迎え入れた家族を訪ねることにし、その家族がいるという農村へと向かった。


 その農村へと行く道中でアリエスは、「45歳って冒険者を引退してねぇか?」とハインリッヒに尋ねた。

すると彼は眉間にシワを寄せて、「その歳で続けられるってことは相当な腕があるか、地道に低報酬の依頼をコツコツやってるかのどちらかが多いな。ガザンのように後進に任せて指示を出すだけになっていても、引退しちまったからな。冒険者を続けていないことも考慮した方がいいかもな」と、この依頼の難しさにため息をついて答えた。


 そして、長閑のどかな風景を横目に、依頼主から聞いた農村へと辿り着いたアリエスたちパーティー"ギベオン"は二度見して、目をこすってもう一度見た。


 どう見ても目線の先にいるのは、モスグリーン色の髪をしたオッサンなのだ。

その隣には奥さんと思しき女性が幼い子供を抱えており、どうやら里帰りに来たような雰囲気でる。


 んふふっ、と笑ったアリエスは人好きのしそうな顔をして、「こんにちは!」と声を掛けた。

急に挨拶をされて驚いたモスグリーン色の髪をした男性がアリエスの方へと振り返ると、彼の瞳はオレンジ色であった。


 それを見たアリエスは、「あなたが、トム?」と可愛らしく首を傾げたのだが、それを問われたカボチャ色の男性は不思議そうに「そうだが……、俺に何か用か?」と、答えた。


 しかし、カボチャ色のトムが見つかった!と喜ぼうとしたアリエスは、思わぬ事態に遭遇した。


 カボチャ色のトムと一緒にいた彼の妻らしき女性が、子供を抱えたまま座り込むと必死で、「この子だけは!!」とか、「夫は何も知らないんです!見逃してください!!私は大人しく言うことを聞きますから……っ!!」と、嗚咽混じりに叫んでいる。

それに反応したのか、彼女が抱えている子供も泣き出してしまい、すかさずルシオがあやしに入った。さすが皆の兄貴。子供が泣くと反応が早い。


 妻の行動にもルシオの行動にも目を白黒させていたカボチャ色のトムであったが、子供を宥めようとしてくれているルシオはとりあえず置いておくとして、彼は妻を庇うようにして前に出た。

警戒心を顕に「妻に何の用ですか?」とアリエスに問うた。


 尋ねられたアリエスはワケが分からず、こてんっと首を傾げて困ったときのロッシュへと視線を向けた。

頼られたロッシュは嬉しそうに頬を緩めると、「アリエスアリー様、そちらの女性は粛清された家の関係者で、後宮におられた方にございます」と、アリエスに耳打ちし、それを聞いた彼女はポカンとした顔になった。


 アリエスはそっと座り込んで涙を溢れさせている女性に近付き、「用があったのはトムで、あんたじゃないぞ?捕縛命令も出てないし。そうだよね、ロッシュ?」と、振り返ってロッシュに尋ねた。


 「ええ、アリエスアリー様、そのような命令は出ておりませんよ。彼女の実家も余波をこうむり取り潰しにあっていますが、既に終わっていることですので問題はありません」

「だってさ。それとも何か悪いことしたとか?」

「実家が取り潰しにあったと耳にして、私は出先から逃げたのです……。本来ならば国に戻らなければならなかったのに……」

「いえ、あなたの籍は平民のままでしたので、無関係とされました。それに家は取り潰されましたが、あなたのご家族は祖父を除いて生きておられますよ?」

「えっ……」

「あなたの祖父が独断で動いていたことは明白でしたし、それに父君はとても優秀な人ですからね。なくすのは惜しかったので、平民枠の文官として登用されましたよ」

「よかった……、死んだのは祖父だけだった……。ぐすっ……、あの……、父や他の家族も王都に……?」

「ええ、そうだと思われますよ?ただ……」

「……ただ?ただ、何ですの?」

「あなたの娘は王族の名を騙ったため極刑を言い渡され、刑が執行されています」

「……あぁっ!!なんてこと……っ!あれほどっ、あれほど王族であったことを表に出してはいけないとっ!!あれほど言っておいたのに……」

「あなたの育て方が悪かったのではないと思いますよ。恐らく、あなたの祖父に似たのではありませんか?愚かなところはソックリでしょう?」


 カボチャ色のトムは何が何だか分からなかった。

妻が貴族であったことは聞いていたし、行方が分からなくなった娘を捜していることも知っていた。


 しかし、実家が粛清され取り潰されただの、捜していた娘が極刑を言い渡されていただの、しかも王族という言葉も聞こえたため、話の中身が平民の自分からすればブッ飛んでいるのだ。

しかも、リーダーらしき目の前にいる女性アリエスは、妻ではなく自分に用があると言っていた。


 もしかしたら妻と子供を取り上げられるのか、と暗い気持ちが押し寄せてきた。

引退した、ただの冒険者が国に逆らえるはずもなく、このまま家族が連れ去られるのを黙って見ているしか出来ないのかと、やり切れない思いに押し潰されそうになっているところへ、アリエスの声が聞こえた。


 「なあなあ、ここへは依頼で来たんだよ。トムっていう養子に出された兄貴を捜してくれっていう依頼」

「え……、あっ!あぁ、そういえば以前そう言って訪ねて来た、妹だという女性がいたと両親が言っていたが……。俺に用があるって、そのことなのか?」

「そうそう。奥さん、関係ねぇの」


 アリエスの「奥さん、関係ねぇの」という言葉にガクっと力が抜けたトムであった。









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