第五話 何故そうなった

 スン……っと表情を消して般若を背負った聖霊マリーナ・ブリリアント様。

「ひぇっ」と情けない声をあげたダームに対し、クララは「パーティー"ギベオン"のメンバーで勉強したものは問題なく読めますよ」と、落ち着いた様子で聖霊マリーナ・ブリリアント様を宥めた。


 表情を消したままではあるけれど、般若はお片付けしてくれたので、クララは会話を続けることにした。


 「ステータスには使われているのに、世間一般では使われていないというのは、とても奇妙だと思っていたのですが、もしかしてマリーナ様が生きておられた頃には、使われていたのでしょうか?」

「ええ、普通に使っていたわ。一日に一文字覚えさせられて、ちゃんと覚えるまで帰してもらえなかったの。だから、私は勉強が嫌いなのよ……」

「そうだったのですか……。となると、どこかの時代で画数の多い文字は使われなくなった、ということなのでしょうか?」

「私もまさか使われていない文字があるとは思いもしなかったけれど、そういうことならアリーちゃんとリム君にお願いした方が良さそうね」

「そうですね。国に保管されている資料などを見れば、何か分かるかもしれませんね」


 ということで、アリエスは父ちゃん国王に聖霊マリーナ・ブリリアント様が生きていた頃には使われていた文字が今現在は使われていない、その謎を探ってみたいと手紙を出した。


 そして、レンガ仕様のダンジョン最下層にある扉の文字が何故読めたのか、ということについては聖霊マリーナ・ブリリアント様に教えてもらったということにした。


 そうしないとアリエス本人、もしくは彼女の周囲に異世界転生者がいるのではないかと、他の転生者に勘繰られる可能性があるからだ。


 しかし、探ってみたいと言ったところで、国の重要な文献なども確認しなければならず、そういうものは継承権を持つ王族以外は閲覧できないのだが、そういう人たちは忙しいのだ。

ということで、ウェルリアムはこの件に関してだけ「国王代理」などという、とんでもないものを押し付けられたので閲覧可能になった。ご愁傷様である。


 だからといってウェルリアムだけに任せるわけにもいかないのだが、国王の仕事を押し付けられることもあって、公務が忙しい王太子では対応できないので、この度学園を卒業し成人した第一王子に白羽の矢がたったのである。

婚約者との成婚も残すところ僅かとなっていて忙しいはずなのだが、幼い頃から結婚は決まっていたので、それほど慌てるようなことはないと、引き受けてくれたのだ。面白そうという理由で。


 何故、画数の多い文字が使われなくなったのか、ということの解明もすれば良いがそれでは何の解決にもなっていないと、これを機に学校を作ることになった。

まずは、そこの教師から育てなければならないということで、当然の如くウェルリアムが抜擢されたため、彼は国王の側近という立場に加えて「教育向上推進部門」の室長という地位も得た。まだ未成年の学生なのに。


 聖霊マリーナ・ブリリアント様も読み書き出来るが「ぜっっったいに!嫌っ!!」ということで学校には関わらない。過去に何があった、マリーナちゃん。


 そんなふうにウェルリアムが走り回っている頃、アリーたんはちっちゃな赤ちゃんを抱っこしていた。

赤子を抱いたことなどない彼女は、おっかなびっくりしながらだったのだが、赤ちゃんは大人しくされるがままだった。


 「ほんとマジで、ちぃせぇなー。普通の大きさ?」

「はい、アリエス様。ふふっ、バルトが何度もお医者様に本当に普通の大きさなのかと確認しておりましたので、間違いございませんわ」

「そりゃバルトから見れば小さいわな。種族によるもんか?」

「はい。私の鼠獣人の特徴だそうです」

「てことは、アドリアがっていうか鼠獣人の赤子は小さいってこと?」

「はい、そのように伺っております」


 生まれた時は小さいが育つにつれて周囲の子供と何ら変わらない成長を遂げるので何の問題もないが、見た目が小さいので周囲がおっかなびっくりする。


 アリエスは赤ちゃんをアドリアへと返すとソファーに座り、用意してくれたお茶を飲み、考えていたことを話し始めた。


 「教材の準備……ですか?」

「そう。アドリアたちは私のスキルで用意したもので勉強したじゃん?でも、それを他のヤツにも使わせるわけにはいかないからさ。あのドリルを参考にして作るのを手伝ってくれねぇかな?もちろん子育ての合間でいいからさ」

「ええ、もちろん構いませんわ。アリエス様がお望みのことですもの。やらせてくださいませ」

「ありがとな。何せあのレベルの読み書きが出来る人材が、リムを除くと私の周囲にしかいないんだよ。あ、リムの妹もイケたな」

「そうですね、彼女も頑張っておりましたもの。ふふっ、やっていて無駄になることなんて、本当にないのかもしれませんねぇ」

「だな。でも、まさか学校を作る話にまで発展するとは思わなかったよ」


 この世界には活版印刷もあるのだが、かなりたくさんの文字を作る必要があって時間が掛かるため、それが完成するまでの時間がもったいないということで、アリエス側で手書きの教材を用意することにしたのだ。


 お買い物アプリ産のドリルでマスターした者たちは、とても綺麗な字を書くので何の問題もないし、アリエスが面白がって女性用の教材にロッシュお手製まる文字バージョンも用意してもらった。


 それを用意してもらうにあたって、何故そのような字体なのか聞いてみたところ、「母が学生の頃に『どうやったら可愛らしい文字になるか』をかなりの時間をかけて練習した結果です。そして、わたくしめは母に字を習いましたので、こうなったのでございます」と、おかしそうに語った。


 アリエスは、「母親から与えられたものなら大事にしないとな」と微笑んで、ロッシュのまる文字を指でなぞったのだった。


 

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