第四話 寄り添うことと癒すこと

 思っていたよりも人の心を癒すということが重いものだと知り、躊躇ちゅうちょしたダーム。

やっぱり引き返そうかしら?と思ってくるりと方向転換しようとした所をズガーーーンと退路を絶たれ、呆然としてしまった。


 国王に頼み事をされてしまえば「やっぱりやめます」とは言えず、覚悟を決めるしかないと思ったのだが、ダームからすれば温かいお茶に美味しいお菓子を用意して、軽くお喋りする感じを思い描いていたので、アリエスの認識とはちょっと違っていたのだ。


 ダームが思っていたのは近所の無料お悩み相談室のようなもので、アリエスが思ったのは専門知識がいるカウンセラーである。

どちらがどうというわけではないが、無料お悩み相談室でPTSDなど、そういった症状に対応するのは難しいものがあるだろう。


 だが、こちらの世界にそのような専門知識を持ったカウンセラーはいない。

教会へ行けば寄り添い話を聞いてはくれるが、それだけである。


 ダームも教会へ行ったことはあった。

あったが、本来の自分を少し出しただけで気持ち悪がられたため、それ以降足が向くことはなかったのだ。


 そのようなことをつらつらと王都に着くまで思い出していたダームは、専門的な知識を身につけることを決意した。

精神までをも癒す力があるという聖霊マリーナ・ブリリアント様に拝謁の機会を得たのだから、もう半ばヤケッパチでもあった。


 しかし、アリエスがおねだりしたからといって、外患誘致罪で取り潰された家の息子であるダームが聖霊マリーナ・ブリリアント様がいる所へと行けるはずもなく、わざわざ御本人がディメンションルームにあるコテージへと足を運んでくれた。ぽっぽなウェルリアムを伴って。


 「アリーちゃーん!美味しいものが食べたいです!」

えれぇえらいアバウトな注文だな。リム、何がいいと思う?」

「そう……ですね。あ、アップルパイとか、どうですか?まだ、あります?」

「あるぞ。んじゃ、アップルパイ出すか」

「やった。マリーナ様、このアップルパイは材料こそアリエスさんのスキルで用意していますが、作ってくださったのはテレーゼさんなので、いつでもあるわけではないんですよ」

「そうなの!?わぁーい、テレーゼちゃんのおやつぅ〜♪ここにいた頃はさぁ、まだなぁーんにも食べられなかったじゃない?羨ましかったんだよー?」

「そういやそうだったな。リム、お使いばっか頼んで悪いが、たまにマリーナ様に差し入れ頼むわ」

「いいですよ〜。その代わり僕の分もお願いします!」

「おう、用意しといてもらうわ」


 そして、聖霊マリーナ・ブリリアント様とダームの会談という名のお喋りが始まったのだが、「一人で向き合うの!?」と手をブンブン振るのでクララが一緒に席についている。


 ダームの思いや考えを聞いた聖霊マリーナ・ブリリアント様は、「そういうのは、あれよ。一人だから排除されるの。だから、皆で集まれば怖くないわ」と、赤信号みんなで渡れば的なことを言い出した。


 そう言われたダームは「確かに……」と納得してしまったが、それでいいのか、ダーム!


 「ダームのような人は集まればそれで解決するけれど、傷ついた心の癒しは別に必要ですよね?」

「そうねぇ。クララちゃんの言う通り、そういうのは必要だけど、私は聖女の癒しスキルで終わらせてしまうから、寄り添ったりするのは苦手なのよ」

「あ、そうでしたね。スバっとやって終わらせてしまうのでしたね」

「そう、スバっとやるのは得意なんだけど、寄り添うのはめんどくさいじゃない?『あんたの悩みなんて聖霊になった私からすれば、しょーもないわよ?』って言いたくなるもの」

「あー、そうですよね。聖女となり、聖霊にまで至ることを思えば、大概のことは『それで?』っていう感じになりますものねぇ」


 女子二人が辛辣だった。


 これってどうなるんだろう?とダームが少し不安になりかけたところで、珍しく聖霊マリーナ・ブリリアント様がクララの持っていた本に興味を示した。

聖霊マリーナ・ブリリアント様は、お勉強が嫌いなので、普段ならば本なんて見向きもしないのだが、クララが持っていた本がお買い物アプリ産のもので見たことの無い装丁の本だったからだ。


 クララから手渡された本をパラパラとめくると、「へぇー、なるほどねぇ〜」と読み始めてしまった。

それをキョトンとした顔でクララが「えっ、マリーナ様、それ読めるのですか?」と尋ねた。


 「ぶー、クララちゃんヒドイわー。私だって本くらい読めるわよー?」

「あっ、いえ、そうではなく!使われている文字が読めるのですか!?」

「えぇー?だって、今でも使われている文字じゃない。クララちゃんでも読めるでしょう?」

「私はアリエス様から習ったので読めますが、世間一般的には読めないものです」

「は?」

「例えば、ここです。『極度のストレス』とありますが、『極』が読める人はいません」

「うそでしょ?」

「本当です。アリエス様が仰るには10歳に満たない子が学ぶ範囲くらいしか文字を使っていないとのことです」


 クララにそう言われた聖霊マリーナ・ブリリアント様は、スン……と表情を消し「怠けてんの?」とドス声でつぶやいたのだった。

 

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