第三話 やりたい事

 翌日、アリエスからお土産に美味しいおやつを貰ったキートとコメットは、二人仲良くコテージの外にある芝生でお茶をしていた。

ここに来た当初は、死んだ魚の目をしていた二人だったが、今ではキラキラと目を輝かせて日々を過ごしている。


 そんな様子をテラスで見守るクララとスクアーロの手は繋がれており、たまに視線をお互いに合わせて幸せそうに微笑んでいた。

そこへ休憩時間が終わったコメットがキートを連れて「お母さん、お勉強するー!」と駆け寄ってきた。


 最近では、コメットはクララのことをお母さんと呼び、スクアーロのことをお父さんと呼ぶようになったのだ。

まだ結婚はしていないが、既にアリエスの前でプロポーズしており、婚約している状態ではある。


 何故にアリエスの前でなのかといえば、それをクララが望んだからだ。

どんな景色や場所で誓われるよりも、アリエスの前で誓いを交わしたいということで、アリエスを巻き込んでのプロポーズとなった。


 意味が分からん……と二人のプロポーズを気恥しい思いをしながら見守るアリーたんをロッシュは「ご立派でございますよ」と微笑んで見ていた。


 この爺さん、アリーたんなら何をしていても拍手するような人物であるが、彼女が嫌がることは全力で阻止する。

今回は照れていただけで嫌がってはいなかったので邪魔をしなかっただけなのだ。


 さて、笑顔で勉強すると言うコメットであるが、クララ先生からこの世界では使っている人がいない漢字も習っている。

しかし、使っている人はいないかもしれないが、ステータスに使われていることから、この世界に無いわけではないのだ。


 そのことからアリエスは、学ぶ意思があるなら教えてやってくれとクララに頼んでおり、仕事をしていないときにコテージで「クララ教室」を開催している。

たまにそこへウェルリアムも教師として参加するので、成長率はかなり高くなっており、キートとコメットは既に小学校で習う漢字はマスターしてしまった。


 出来なかったことが出来るようになり、知らなかったを知っていく楽しさを覚えたコメットは、「お母さんのようになりたい」と思うようになった。

お母さんとは言わずもがなクララのことで、彼女のように様々な知識を誰かに教えることで、学ぶ楽しさを共有したい、自分のように自身のステータスが読めなかったり、勘違いしたままになっている人に、本来の力を知ってほしいと思ったのだ。


 そんなコメットをキートは眩しそうに見つめ、彼女を支えていきたいと思い始めた。

まだ淡い、恋というには小さな小さな芽ではあるが、それはキートの中で確実に育っていくだろう。 


 誰も出来なかったレンガ仕様ダンジョンの攻略を成し遂げたアリエスは、「しばらくダンジョンはいいや」と、ちょっと燃え尽き気味になっており、次は何をしようかとコテージのリビングでボーっとしていた。


 すると、そこへウェルリアムが現れ、アリエスに手紙を渡した。

「おー?珍しいな、バルトからじゃん?なになにー、おっ!マジか!!子供生まれたってよ!」

「そうなんですか?それは、おめでたいですね」

「おう!……ぶはっ!生まれたのが嫁さんのアドリアと同じ種族のネズミ獣人だったんだってよ。そしたら、あまりにもちっさく小さくて怖くて抱っこ出来ねぇんだと」

「ああー、バルトさん、身体が大きかったですもんねぇ」

「あまりにも怖がるもんだからアドリアが両手に乗せさせたんだけど、宝箱を思い出したってさ」

「ふふ、ありましたねぇ、そんなことが」


 ウェルリアムが転生者特典を受け取る際に、宝箱で怪我をしないようにと、バルトがウェルリアムの膝の上に手を乗せて、落っこちて来た宝箱を受け止めてくれたのだ。

あれからもうすぐ4年の歳月が流れようとしていることに、「人生って、あっという間だよなー」と笑うアリエスだが、彼女の場合はダンジョンに篭っている期間が長過ぎなのである。


 バルトとアドリアに子供が生まれたことで、アリエスは次の予定をハルルエスタート王国へ戻ることにした。

それに際してバルトというのがどういった人物なのかを説明し、元は奴隷として買われ、今は解放されて王家御用達の大工たちの中で模型職人として働いていると聞いた新メンバーたちは、その待遇にポカンとしてしまった。


 「ねぇちょっと、アリー様?奴隷から解放したのまでは分かるわよ?分かるけれど、王家御用達に就職まで斡旋したのは、やり過ぎじゃないかしら?」

「んー?別に斡旋したわけじゃねぇけど、あのとき住宅模型ってのを作れるヤツがバルト以外にいなかったんだよ。それにハンナ、あー、メンバーにいた凄腕大工〜じゃねぇわ後衛物理アタッカーだ、そいつが設計する家が特殊でな。バルトの作る模型がねぇと職人が混乱すんだよ」

「もしかして、このコテージを建てたって人?そういえば、本棚に建築系の本もたくさんあったわね」

「そうそう。他にねぇだろ、こんな家。ダームオネェも興味あったら何でも読んでいいぞ」

「……そうね。3階から滑り台がえてる家なんて知らないわ。ねぇ、何でもと言うけれど、私が欲しい本をねだってもいいのかしら?」

「物によるが、何だ?」

「私ね、人の心を癒したいの。私だって、小さい頃から開き直ってたわけじゃないのよ?本当の意味でありのままで居られるようになったのは、ここに来てからだもの。理由は違っても心に傷を負ってる人を何とかしてあげたいと、そう思うのよ」

「カウンセラーか。その手の本もあるが、下手すると自分が飲み込まれるぞ?」

「カウン……?えっと?」

「人の悩みに寄り添い癒す、そんな感じの仕事をカウンセラーと言ったと思う。まあ、ほとんどが投薬治療で悩みを真剣に聞いて解消してくれる医者なんていなかっただろうけどな」

「え、医者なの!?」

「判断を間違えば相手が死ぬんだ。医者や薬師と同じだろ」

「ちょっと、考え直すわ。私が思っていたよりも重いことみたいだから」

「王都に戻るんだからマリーナ様に相談してみればいいと思うぞ。父ちゃん国王に頼んでみるわ」


 ダームは、思い描いていた「やりたい事」が思っていたよりも重いことだと認識して少し躊躇ちゅうちょしたが、ハルルエスタート王国の国王に頼み事をすると平気でのたまうアリーたんに、そんな心情は吹き飛んでしまったのだった。



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