第二話 知らない方が幸せなこと

 ガザンたちと楽しく酒を酌み交わしたことで、彼らが普段から身綺麗にしていたことと貴族からの依頼をよく受けていたため、それで、あのめんどくさい女に居座られてしまったのだと察することが出来た。


 彼らは、件の女性をパーティーに入れてから身体が少し重く感じることがあったり、戦闘中には体感でしか分からないといっても、魔力残量に誤差が生じるようになっており、何か切っ掛けがあれば理由をつけてパーティーから脱退させようとしていたのだと語った。


 その話に釣られるようにして、ガザンのパーティーメンバーが「そういえば……」と、件の女性のことを聞きに来た連中がいたと話した。

何やら片思いをしていたのだと言い、行方を捜しているという話だったが、あの手の女に恋心を寄せるというのは、少々おかしな感じもしたことから印象に残っていたのだ。


 それを受けてロッシュは内心「これはこれは」と笑いが止まらなかった。

良い人材が手に入っただけでなく、どうやら獲物も一緒に釣れたようだ、と。


 件の女性のような人材を欲するということは、彼女の持つ能力を知っており、それを利用して戦争を起こすことを視野に入れない限り、それほど必要としない。

そんな彼女を探して回りそうな国といえば、帝国の他に思い浮かばないロッシュは、いくつか当たり障りのない質問をして確証を得た。


 その探していた者たちの中に犬の獣人はいなかったか、語尾に「に」がついていなかったか、服が茶色の人物はいなかったか、というのを質問に混ぜた結果、この3つ全てに該当したのだ。


 帝国人の中には語尾に「に」がつく者がおり、矯正して直していても知らずに出てしまうことがあり、何かを探すときはその嗅覚を頼りにして犬の獣人をメンバーに入れることが多い。


 そして、目立たないように、周囲にとけ込むようにという意識からか、茶色の服を無意識に選んでいるようで、帝国の工作員たちによく見られるのだ。


 このことをロッシュに教えてくれたのは、レベッカの前世であるピートだった。

知ったときは笑ったものの、「まさか我が国にもそのような特徴ありませんよね……?」と、ピートを窺うようにして見たのも良い思い出で、そんなロッシュの不安を吹き飛ばすように「わたくしめが陛下に仕えていて、そのような度し難い阿呆を在籍させるなど、ございませんよ。ご安心召されませ」と、ピートはシワを深くして笑ってくれたことも一緒に思い出し、ピート、いや彼女レベッカが再び現れたことの安心感に苦笑した。


 楽しい時間を過ごし、お土産も持ったアリエスたちは帰路に着いたが、子供たちは既に夢の中だったので、美味しいお土産を渡すのは明日になった。


 子供たちが寝ているといってもそれほど遅い時間でもないため、アリエスたちは〆に鯛茶漬けを食べることにしたのだが、その際にハインリッヒがロッシュにあの質問は何だったのか聞いた。


 ロッシュは、生前のピートから帝国の暗部についての特徴を聞いており、ガザンのパーティーメンバーに接触した人物たちがそれに当てはまるのかを確認したのだと言い、それが見事に当てはまったということだった。


 「てことは、帝国はあのめんどくさい女を欲してたっていうのか?」

「そのようですね。ただ、心配には及びませんよ。既にこちらで確保してありますから」

「うん?ロッシュ、あのめんどくさいのどっか持ってったのか?」

「ええ、アリエスアリー様、持って行ったというより取りに来ていただきました。来たのは、わたくしめの異母兄で、先代国王陛下の弟君ですよ」

じいちゃん祖父の弟?うーん。親戚がいっぱい」

「ふふ、左様でございますね」


 ほろ酔い気分でお腹も膨れたアリエスが部屋へと上がったのを確認したハインリッヒが詳しい話をロッシュに聞いたところ、めんどくさい女はロッシュの異母兄である魔法師団団長に飼われることになったという話だった。


 固定砲台として数多の男を与えられ、どっぷり享楽にふけっており、王族にとっては子供のオモチャにも劣るようなドレスや宝石とはいえ、庶民では中々手にすることが出来ない品々を与えられているので、本人はかなり楽しい日々を過ごしているとのこと。


 「兄上も魔法師団の団長をしているほどでございますからね。恐らく余計なことを考える暇もなく相手をさせられていることでしょう」

「……うわ」

「気に入ったものは大事になさるお方ですから、彼女にとっては幸せな人生が待っておりますよ?」

「そう……なのか?」

「ええ、彼女の持つスキルと有用性を考えれば大事になさるでしょうし、兄上には王太子殿下のような一面はございませんから」

「あー、精神的にいたぶるのがお好きなんだったか?」

「ふふ、どこまでやったら壊れるかが気になるようでございますよ?」

「それで壊してちゃ意味なくねぇかな……」


 件の女性は、わけも分からずあれよあれよという間に、お年を召しているとはいえ王家の血を引く美形の魔法師団団長に連れてこられ、素敵なドレスや宝石を与えられ、「君は我々の希望だ」などと甘く囁かれ翻弄された。


 魔法師団を引退したが魔力量は豊富にあるオッサンやじいさんたちも彼女に愛と貢ぎ物を与え、固定砲台の燃料になるべく関係を持った。

年配層と関係を持つのを彼女は躊躇ためらったが、魔法師団のイケメンたちに「私たちもそばにいるから」と言いくるめられ流されるままに関係を持たされ、そのうち「まあ、いいか」と慣れてしまった。


 ただ与えるのでは飽きが来るだろうと、たまに偶然を装って煌びやかなドレスを着た女性と遭遇させ、「この泥棒猫っ!わたくしの彼を返しなさいよ!!」と罵声を浴びさせ、「この子とは、そのような関係ではないよ。邪推するのは止してくれ。彼女にも失礼だ」と言ってイケメン魔法師団の団員が腰を抱きながらエスコートしていく。


 後ろでキーキー喚いている女性は暗部の人間である。

もちろんエスコートしていった彼とは婚約者でも恋人でもなく、同僚ですらなく、頼まれた職務(嫉妬に駆られた女役)を全うしたに過ぎない。


 煌びやかなドレス姿の女性に「彼を返せ」と詰め寄られたことに少し恐怖したものの、それを上回る優越感に浸れた。

しかし、先程のプチ騒動はヤラセである。暗部の人間に頼んでやってもらったヤラセなのだ。


 固定砲台を憂いなく手元に置くのにここまでするのだ。恐ろしい話である。

しかし、あのままダンジョン都市で次から次へとパーティーを渡り歩いていては、まともな老後にはならなかっただろうから、こうやって演技やヤラセとはいえかしずかれて甘い言葉を囁かれて翻弄され、色々なものを与えられる生活も悪くないかもしれない。


 ロッシュから話を聞いたハインリッヒは、「世の中には知らない方が幸せなこともあるからな」と、遠い目をしたのだった。



 


 


 

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