第四話 あらー?
前世が諜報員であったレベッカをもってしても、フユルフルール王国の末端貴族くらいでは、ハルルエスタート王国の詳しい情報は得られなかった。
それでもお茶会や夜会に参加すれば、嫁ぎ先や実家に有利になるような話を仕入れることは出来ていた。
坊っちゃまことロッシュから
しかし、ロッシュからは、もし、先代国王陛下から仕事を頼まれなければ、一つ仕事を請け負ってほしいと言われた。
「え?こんなとんでもないスキルを持っている人がもう一人いるというの?」
「ええ。
「こんなところに隠れられては、捜すのが大変そうね。でも、腕がなるわ」
やり甲斐がありそうだと楽しそうに笑うレベッカにロッシュは、その人物を捜すにあたってのキーワード一覧を渡した。
そこに書かれていたのは、
ミロワールを買ってすぐの頃に、召喚した人物がどのような人であったのか詳しく聞こうとしたのだが、黙って首を横に振るだけで話そうとはしなかった。
そのため、しばらくはそっとしておこうとなったのだが、それっきりになってしまっていたのである。
しかし、キートが心に負った傷が
それによると、ミロワールを召喚した男の本来の名前はトマというらしく、「トマなんて田舎臭くてダサい名前なんかより、ジークフリートの方が良いに決まってる」と、ぶつくさ言っていたと話してくれた。
本当にジークフリートと名乗っているかは定かではないが、参考までにということだった。
それを聞いたレベッカは「あらー?」と笑った。
それを見てロッシュも笑った。
この世界で名付けをする際に考えることは、平民であれば覚えやすく書きやすい文字を使うかであって、祖父母や先祖の名前を使い回すこともある。
つまり、平民は2〜4文字が多く、貴族は5〜6文字、7文字以上は王族が多いのだ。
貴族でなくても7文字以上の名を付けることは可能だが、めんどくさいので好き好んで長々とした名前を付けたがる平民はいないし、貴族の場合は7文字以上の名前を付けることは遠慮している。
アリエスの父親はバウティスタという名だが、国王になったときにアルターヌクルシュという名を王位と共に襲名しているので、「バウティスタ」の名を呼べるのは妻か両親くらいのものである。
王太子もその地位と共にクルセーヌクルシュという名を襲名するので、アリーたんが
名前の文字が多いことが、その地位の高さを示しているようなものなので、冒険者がジークフリートと7文字の名で登録しようとすれば印象に残りやすい、というか、笑いが起こる可能性もあるだろう。
つまり、それをもとに捜せば引っ掛かる情報の一つや二つ出てくるといったところだった。
しかもキートの証言をもとに似顔絵が作成されたことを受けて、ミロワールも頑張って特徴を語り、なんとか形になったのである。
その似顔絵を見てレベッカは、「情報があるだけマシよね。何を探すのか、そこから始めることの方が多いもの」と微笑んだ。
ミロワールの証言によって描かれた似顔絵は、かなりデフォルメされており、これだけを頼りに捜せば100人中30人はヒットするようなレベルだが、髪や瞳の色を考慮すれば、更に候補は絞られる。
そんな二人のやり取りを見ていたアリエスは、「そういえば、何でレベッカはロッシュを坊っちゃまと呼ぶんだ?」と、今更ながら聞いた。
「わたくしめの母の実家がダンジョン都市ドリミアにあることは、お話しましたね」
「うん、覚えてるぞ。成人したときに母方の実家を継いだって」
「はい。その実家は、代々優秀な執事や侍女を輩出している家なのですが、仕える相手は自らが選ぶのです。中には、その相手を得られずに終わる者もいるほどのこだわりがあるのでございます」
そして、レベッカの前世であったピートは、ロッシュの母に仕えていた彼女の叔父だった。
その一族の中で誰に仕えるかは本人に任されているので、家族であってもそれに干渉することは許されない。
しかし、ピートがロッシュの母に仕えていたのは、本気で仕える相手を探すためであり、そのことは彼女自身もそうであるように十分に理解していた。
ロッシュの母は、天寿をまっとうしたが、人生で本気で仕えたいと思った相手に巡り会うことは叶わず、それを子供たちに託すこととなった。
ピートはロッシュの母が王女の家庭教師として赴いた先で当時の王太子であり、今の先代国王に巡り会えたため、仕える先をそちらに変更したのである。
「つまり、母に仕えていたことがあったので、ピートは、わたくしのことを坊っちゃまと呼ぶのですよ」
「なるほどなー。親族に仕えるのは血筋か?」
「ほっほっ、ピートに似たのでしたら嬉しいことにございますね」
ロッシュが継いだ家は、テレーゼとその弟マテウスの従兄が継ぐ予定となっており、今はダンジョン都市ドリミア領主のもとで執事をしているのだが、本気で仕える相手にはまだ出会っていない。
そんな話から昔話に花を咲かせる二人を「また会えてよかったな!」と、嬉しそうに見るアリエスであった。
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