第六話 やーめーてー

 三人の名付けを終えたのだが、もう一人つけなければいけない人物がいる。


 もうそろそろ良いかな?とアリエスはリビングへと戻ると、ソファーで寄り添いながら甘いひと時を噛み締めているバカップルへと声をかけた。


 「そろそろ良いか?」

「ハっ!?も、申し訳ございません、アリエス様!!」

「ったく。まあ、家族として仲良くやっていけそうで良かったけど、とりあえず先に名前をつけないとな」

「どんな名前になるんだろうね。楽しみだね、ハニー」

「はい、ゾラさん。楽しみです」

「ハニーか。んじゃ、蜂蜜からの蜂で探すか」

「え、ちょ、アリエスさん?何故そこで蜂?」

「えぇ?何でって、ハニーって蜂蜜だろ?」

「え?愛しい彼女を呼ぶときに使うものでしょう!?」


 アリエスにとってハニーは蜂蜜だが、この世界の世間一般でもダーリンの対になる呼び名である。


 桃色空間で他の三人がどういった名前になったのか聞いていなかったので、改めて淑女でダーム、彗星でコメット、狐でルナールと名付けられたと知り、響きは似合っているし意味も通ずるものがあるのは分かるが「蜂は、ちょっと……」とゾラが遠慮がちに拒否した。


 それをキートが、「お父さん、下っ端がリーダーの意見を拒否するとか、しどー指導?されるよ?」と呆れ顔だった。


 アリエスは、「可愛くないのは可哀想だしなー。んじゃ、イリスはどうだ?」と改めて提案すると、可愛らしい響きだと喜んだのだが、何から取ったものなのか不安になり尋ね、それを知った途端に顔色をなくし全力で首を横に振った。


 「お、おおお待ちください、アリエス様っ!!そ、そんな、か、神様の御名前など……っ、おおお恐れ多いですぅーーー!!」

「えー?虹の女神から取ったけど、普通に名付けに使われてるぞ?」

「だっ、ダメですよ、アリエスさん!神様の御名前を人如きが使うなど、許されることではありません!!」

「えぇ……?そうなの、ロッシュ?」

「はい、左様にございます。おやめになられた方がよろしいかと存じます」

「マジかよ……」


 さすがのアリエス全肯定派であるロッシュでも、それだけは止めた。

この世界では神の名は神を表すものであって、人が使えるものではないのだ。


 名付けに神の名を使おうものなら、ふつーに神罰が下る世界である。怖いんだぞ?


 神様に世界の垣根があるのかどうか分からなかったアリエスは、忠告に従って神様の名前から取るのは止めたのだが、「八百万やおよろずの神様は懐が広いと信じてるぜ!」と、天井に向かって言い出したので、何事かと周囲が聞いたところ、「前世でいた国では八百万はっぴゃくまんの神様がいるとされてたんだよ。だから人と名前がかぶることも出てくるんじゃねぇかと思ってさ」と答えた。


 それを聞いた周囲は、「一体、彼女がいた世界とは、どういう所だったのだろう……」と少し怖くなったのだった。


 神様の名をつけられそうになったキートの母親は、「ハチで!ハチでお願いします!」と、若干パニックになってしまったので、「さっさとつけちゃおう!」ということで、ビーネに決まった。


 ドイツ語で蜂である。


 「ビーネ。うん、可愛い名前だね」

「はい、ゾラさん!改めて、ビーネです。よろしくお願いします。えへへ」


 キートはここへ母親と共に戻って来てから、両親が互いを見つめあったまま動かなくなったかと思えば、まるで何年も夫婦をしていたかのように寄り添い始めたのを見て、自身が望まれて生まれてきたように思えたのだ。


 自身を挟んで寄り添い、交互に頭を撫でてくれる。

街中で見た欲しかったものを手にできた喜びを噛み締めていたのだが、母親が神様と同じ名をつけられそうになって、その喜びや幸せが吹き飛ぶかと恐怖した。


 ロッシュによって回避できたが、彼がアリエスの行動を止めるのが不思議でならず、それが顔に出ていた。


 「どうかしたのかね、キート」

「いえ、あの。ロッシュさんが止めるのが珍しかったので、不思議だなって」

「神様の名をつけた側にも神罰は下りますからね。当然です」

「あ、それで止めたのですね」

「ええ、そうです。こちらの世界の神様でないとしても、どうなるか分かりませんので」

「まあなー。イリスは虹の神様で、行けないところは無いらしいからな」

「アリエス様……。そんな危ないこと母さんにしないでください……」

わりわりぃ。知らないで済まされねぇことだったもんな。でも、習ってなかったんかなー?覚えてねぇわ」

「恐らく、教育を施す側の落ち度でございましょう。申し訳ございませんでした」

「ロッシュが謝ることねぇよ。でも、あっち王宮に知らせてやった方が良いかもしんねぇな」

「左様でございますね。ウェルリアム殿にお願いしておきましょう」


 転移が出来て、アリエスのディメンションルームと繋がっているウェルリアム君は、ぽっぽ伝書鳩扱いになっている模様。


 そして、訪ねてきたウェルリアムがそのことをロッシュから聞かされ、「え"っ!そんなこと知りませんでしたよ!?」と、めちゃくちゃ驚いていた。


 しかし、このことは世界の常識である。

それが、途中からこの世界で生活し始めたわけでもなく、生まれたときからこの世界にいて、幼少期からの記憶もあるのに、二人が知らなかった。


 キートでさえ知っていることを二人が知らなかったとなると、何らかの意図を感じてしまうロッシュであったが、まあ合ってはいる。

ぶっちゃけてしまえば、この世界とは異なる世界から招かれた魂なので、名付けに関しては神罰外だったりするのである。


 何かの陰謀が……?とか、そこの執事さんや。

不穏な空気を出さんでくれ。何も無いから。鞭を撫でないで?届かないけど。やめてね。



 


 

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